パレスチナ・ガザ:外界と隔てられた世界に医療技術を

日本赤十字社(日赤)は70年以上続くパレスチナ・イスラエル問題や、2010年以降中東の各地で続く散発的な武力衝突など、度重なる人道危機によって発生した難民や避難民を対象として中東地域への支援を継続してきました。パレスチナ暫定自治政府ガザ地区には、パレスチナ赤新月社(パ赤)が運営するアルクッズ病院があり、多くのパレスチナ難民の患者を受け入れています。より良い医療の提供を願うこの病院関係者やパ赤の要請から、日赤は医師や看護師を派遣して医療技術向上支援を201910月から始めました。2020年の世界的な新型コロナ感染症のまん延を受け、一時派遣を取りやめ、遠隔による看護師への支援を継続しています[1]。昨年12月、現地への派遣再開に向けての調査を、日赤の医師と看護師、中東事業現地代表が行いました。

ガザ地区は「天井のない監獄」

ガザ地区(365㎢)は福岡市(343㎢)よりやや大きい面積に約216万人が暮らしています(福岡市は約163万人)。2007年から地区は封鎖され、数か所の検問所以外はコンクリートの壁や有刺鉄線に囲まれ、人々は地区外への厳しい移動制限がとられています。このため、ガザ地区はしばしば「天井のない監獄」と表現されています。たとえ深刻な患者であっても、この厳しい制限が課せられることは変わらず、ガザ地区内で治療が困難な患者をガザ域外の治療可能な施設に搬送することは、非常に難しい状況です。アルクッズ病院とパ赤ガザ支部のみなさんは、「ガザ地区内で日常診療から高度治療まで全ての治療を受けられることが市民が心の底から切実に願っていること」と常に代弁されています。このようななか、アルクッズ病院は地元政府からガザ域内の公的病院の補完的役割を担うよう期待され、高度な心臓血管外科手術を担当する専門医の配置がなされています。日本では、ガザ地区と同じ人口規模の地域で30人前後の専門医が認定をうけていますが、ガザ地区では、アルクッズ病院に配置された専門医が2人目という状況です。

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写真:手術室内を調査する日赤医師(右から1人目)と日赤看護師(右から3人目)

モノは足りない。モノだけでも足りない。

アルクッズ病院はこうした地元の要請を受け、物資不足のなか、新病棟の増築や、医療資機材を整備してきました。心臓血管外科手術に必要な資機材を揃え、手術のための医薬品も何とか入手し、専門医も確保しています。

しかし、ワークショップにおいてパ赤ガザ支部、アルクッズ病院関係者・日赤チームの話し合いで分かったことは、専門医である心臓血管外科医を支えるアルクッズ病院の集中医療医、麻酔医、救急医や看護師などの各自がそれぞれの技術を磨き、チームとして心臓血管外科手術を支えることが必要、ということでした。手術直前・直後のサポートはもちろんのこと、例えば、手術後しばらく経過した患者が専門医不在時に容体が急変した際には、初期対応の医療者が適切に対応することが不可欠です。今後アルクッズ病院において高度治療をより安全・確実に、そして多く実施するためには機材の整備や医薬品調達もさることながら、高度治療を支える医療者の知識と経験の積み重ねが重要であり、これが日赤への要望だと分かりました。

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写真:ワークショップの様子。テーマは「今後2年間でアルクッズ病院はどうあるべきか」。

高まる期待、そして挑戦

通常、日赤が海外で行っている保健医療事業は、緊急時において被災地の医療機関が機能を回復するまでの一時的な治療行為や、保健衛生に関する地域活動、災害に備えての訓練等が一般的です。彼らの要望である、外界と隔てられているからこその「より高度な医療を支える人材の育成」は過去にあまり例がありません。この期待に、どのように応えていけるのかを知恵を寄せ合って検討しているところです。

世界192の国々・地域の赤十字の中にあって、国内に91の病院を抱えている日赤は、赤十字の中では特筆すべき存在です。パ赤から彼らの病院の支援を求められたのも、そのような経緯があります。

日赤のスローガンは「人間を救うのは、人間だ。」ガザ地区で心臓血管外科手術を待つ患者を救う、地区2人目の専門医を支えることを目指し、日赤は挑戦していきます。

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