歴史・沿革

日本赤十字社は、1877年(明治10年)の西南戦争の最中に設立された「博愛社」という救護団体が、その前身です。

日本政府のジュネーブ条約(赤十字条約)加入翌年の1887年(明治20年)に日本赤十字社に改称。

世界で19番目の赤十字社として正式に認められました。

すべての始まりは、1冊の本から。「ソルフェリーノの思い出」

スイス人の青年実業家アンリー・デュナンは、1859年イタリア統一戦争の激戦地で放置されていた負傷者の救護活動にあたりました。その後、デュナンは、当時の様子を「ソルフェリーノの思い出」に著しました。

"負傷者のための救護団体を設立できないか?"

「傷ついた兵士はもはや兵士ではない、人間である。人間同士、その尊い生命は救われなければならない」
壮大な戦争ドラマのルポルタージュである本書の呼びかけは、ヨーロッパ各国に大きな反響を呼び、デュナンは有力な仲間を得て、赤十字の誕生を実現しました。

デュナンの手書き原稿(清書版) デュナンの手書き原稿(清書版)

「ソルフェリーノの思い出」日本語訳 「ソルフェリーノの思い出」日本語訳

佐野常民の写真 1823(文政6)-1902(明治35)

博愛社設立許可の図(熊本洋学校教師館ジェーンズ邸) 博愛社設立許可の図(熊本洋学校教師館ジェーンズ邸)

日本赤十字社 創立者(初代社長)佐野常民

佐野は、大阪の「適塾」の緒方洪庵より医術を学び、「医は仁なり」(身分に関係なく患者は平等に診るのだ)と教えられました。その後、1867(慶応3年)佐賀藩士としてパリ万博の派遣団に加わり、現地で赤十字の展示を見た佐野は、「敵味方の区別なく、救う」という赤十字精神に感動しました。人道精神が世界共通であることを実感した瞬間です。

1877年2月に西南戦争が勃発しました。明治政府軍と薩摩軍の激しい戦闘が繰り広げられ、両軍ともに多数の死傷者を出しました。この時、この悲惨な状況に対し、佐野と大給恒の両元老院議官は、救護団体による戦争、紛争時の傷病兵の救護の必要性を痛感し、ヨーロッパにある赤十字と同様の救護団体を作ろうと思い立ち、奔走します。しかし、その実現には時間が掛かることが判ると、佐野は、戦場で負傷する人々を一刻も早く救護したいと考えました。ついに征討総督有栖川熾仁親王に直接、博愛社設立の趣意書を差し出すことに意を決し、1877年5月、熊本の司令部に願い出ると、有栖川宮熾仁親王は英断を以てこの博愛社の活動を許可されました。救護活動の許可を得た博愛社の救護員は、直ちに現地に急行し、官薩両軍の傷病者の救護に当たりました。1877(明治10年)に設立された博愛社は、1886(明治19年)に日本政府がジュネーブ条約に加入すると、翌1887年に名称を日本赤十字社と改称し、現在に至ります。

年表

1867年
佐野常民 パリ万国博覧会参加(赤十字展との出会い)
1877年
西南戦争の負傷者救護のため、佐野常民、大給恒、博愛社設立
1886年
博愛社病院開設
赤十字病院のはじまり
1887年
篤志看護婦人会発足
赤十字ボランティアのはじまり
1887年
博愛社を日本赤十字社と改称
1888年
磐梯山噴火災害救護
災害救護のはじまり
1890年
看護婦養成開始
看護師養成事業のはじまり
1890年
トルコ軍艦エルトゥールル号の遭難事故
国際活動のはじまり
1894年
日清戦争救護(~95)
1904年
日露戦争救護(~05)
1912年
皇后陛下(後の昭憲皇太后)から国際赤十字に基金下賜、昭憲皇太后基金 "Empress Shoken Fund" 誕生
1914年
第一次世界大戦救護(~15)
1914年
虚弱児童を対象にした避暑保養所開設
社会福祉事業のはじまり
1920年
日赤看護婦3名 第1回ナイチンゲール記章受章
ポーランド孤児救済
1922年
少年赤十字誕生
青少年赤十字活動のはじまり
1923年
関東大震災救護
1926年
「衛生講習会」を開始
救急法等の講習事業のはじまり
1931年
満州事変救護
1934年
第15回赤十字国際会議(東京)
1937年
日華事変から第二次世界大戦終結までの救護活動
1948年
青少年赤十字組織変更
赤十字奉仕団の誕生
1952年
血液銀行開設
血液事業のはじまり
1952年
日本赤十字社法 制定
1959年
在日朝鮮人北朝鮮帰還援助(~67)
1960年
戦後初の医療班海外派遣(コンゴ動乱)
1963年
連盟理事会で日赤提案の「核兵器の使用、実験禁止決議」可決
1975年
ベトナム難民援護事業(~95)
1977年
日本赤十字社創立100周年、本社新社屋完成
1983年
「NHK海外たすけあい」キャンペーン開始
1985年
群馬県御巣鷹山の日航機墜落事故救護班派遣
1995年
阪神・淡路大震災救護
1996年
ペルー日本大使公邸人質事件救護班派遣・活動
2001年
インド大地震における初のERU(緊急対応ユニット)の導入
2004年
新潟県中越地震災害救護
スマトラ島沖地震・津波災害救援
2005年
愛知万博に国際赤十字・赤新月パビリオンを出展
2011年
東日本大震災救護、復興支援(~2020現在)
2016年
熊本地震災害救護
2018年
西日本豪雨災害救護
北海道胆振東部地震災害救護
2019年
東日本台風(19号)豪雨災害救護
2020年~
新型コロナウィルス感染症対応