バングラデシュ南部避難民危機から9年-変化する支援と避難民の力
今から9年前の2017年8月、ミャンマー・ラカイン州で起きた暴力行為から逃れ、隣国バングラデシュに避難してきた人びとは、現在もバングラデシュ政府から「難民」とは認められず、ミャンマーへの安全な帰還の見通しも立たないまま、先の見えない避難生活を送っています。
日本赤十字社(以下、日赤)は、最も弱い立場に置かれた人びとに必要な支援を届け続けるため、人道危機の発生直後からバングラデシュ南部避難民支援事業を継続しています。
次々と発生する新たな人道危機や災害へ国際社会の関心が移る中、変化してきた支援のあり方と、厳しい環境の中でも前を向いて生きてきた人びとの歩みについて、現地で活動を続ける日赤バングラデシュ現地代表部の藤﨑首席代表の報告を通じてお伝えします。

避難民キャンプで活動するボランティアと藤﨑首席代表(写真左)
過去数十年で最悪の人道危機の発生
2017年8月、大規模な武力衝突によって発生したミャンマーからコックスバザールへの避難民の大量流入から9年を迎えました。着の身着のままでたどり着いたバングラデシュは、雨季の真っただ中でした。民家の軒先や丘の斜面など、わずかな土地にへばりつくように身を寄せ、ビニールシートで雨風をしのぐ人びとの顔には、疲労と不安の表情が浮かんでいました。
徒歩やボートなどで命からがら避難した©ICRC
ビニールシートの下で過ごす人々©ICRC
2017年9月下旬、グテーレス国連事務総長が「過去数十年で最速のスピードで進行している難民危機であり、類を見ない規模の人道・人権上の悪夢」と表現したこの危機は、バングラデシュ最南部に位置するコックスバザール地域の人びとの生活にも大きな 影響を与えました。コックスバザールはバングラデシュの中でも貧しい地域であり、交通インフラなどの整備も十分ではありませんでした。そこに70万人を超える人びとが国境を越えてやって来たのです。当初、支援を届けようとする一般市民や支援組織、政府間の連携は乏しく、現地は混乱を極めていました。国際社会もこの人道危機に応えて支援の準備を開始し、日赤は危機発生後すぐに現地調査を実施しました。そして、同年9月からは医師、看護師、薬剤師などの医療職と事務職で構成される診療所ERU(Emergency Response Unit:緊急対応ユニット)を派遣し、人びとの命を救う医療支援を開始しました。
日赤医療チームの診察を受ける避難民
支援体制の整備
現在、コックスバザール南部の33の避難民キャンプとベンガル湾にあるバシャンチャール島に、約120万人が生活しています。支援の重複や空白を避け、一定水準のサービスを提供するために、関係組織間の調整機構も発足しました。その結果、食料、シェルター、保健、教育、水・衛生、防災、保護といった分野別の支援が継続的に実施され、人びとの生活を支えています。
日赤が支援を行っている保健医療分野や水・トイレなど、生命維持に関わる基本サービスへのアクセスは大幅に改善されました。2017年当初は救命を中心とした緊急医療支援でしたが、現在ではキャンプ内に一次医療施設(診療所)と24時間診療を行うプライマリヘルスセンター(PHC)を中心とした医療ネットワークが構築され、母子保健、感染症対策、非感染性疾患(NCD)、精神保健・心理社会的支援(MHPSS)を含む包括的な医療サービスが提供されるようになりました。また、ボランティアによる健康教育や必要な支援につなぐ紹介活動も定着し、避難民はより継続的で多面的な保健医療サービスにアクセスできるようになりました。
各世帯を訪問し、家族計画についての知識を伝える避難民ボランティア
コミュニティに根差した支援の仕組み
避難民ボランティアが中心となった支援体制や防災対応、各種情報共有の仕組みが確立したことも大きな変化です。避難民が支援する立場に加わることで、提供されるサービスがより避難民のニーズや生活環境に即したものとなり、人びとに届きやすくなります。また、地域に知識や技術を持った人材が育成されることで、個人や世帯が抱える問題への対応力が高まり、個人やコミュニティのレジリエンス(回復力)の向上にもつながっています。
2023年にキャンプ内で発生した火災への対応では、避難民ボランティアが避難誘導や救助、応急手当など、それぞれが身につけた知識や技術を用いて自発的に被災者支援を行った好事例と言えます。また、ボランティアは地域社会を支えるだけでなく、避難民自身が知識や技術を発揮して新たな役割や生きがいを見出す機会にもなっています。
さらに、子どもや女性、障がいのある人など、社会的・経済的にぜい弱な人びとへの保護支援が制度化されているほか、限定的ではあるものの技能訓練の機会も提供されています。
2023年3月にキャンプ内で発生した大規模火災。避難民ボランティアらが住民の避難誘導にあたった。©IFRC
長期化する人道危機と深刻化する課題
一方で、長期化に伴って新たな課題が発生したり、問題がさらに深刻化したりしています。世界各地で拡大する人道危機により、国際社会の関心や資金が分散するなどの外部環境の影響も強く受けています。ミャンマーへの帰還の目途は立たず、将来の見通しはますます不透明になっています。
避難民は、法的な地位や移動・就労の制限により自立した生計を営むことがほぼ不可能であることから、支援に頼らざるを得ません。しかし、その支援も年々減少しています。国際機関やNGOによる2026年の支援計画は、前年から大幅に縮小された2025年計画からさらに26%減少し、生存に直結するニーズへの対応に絞らざるを得ない状況にあります。その2026年計画も、2026年7月時点での資金充足率は約44%にとどまっており、ぜい弱性に応じた食料支援の減額(注1)など、サービスの縮小につながっています。このため、生活への不安や栄養不良のさらなる増加が懸念されています。
UNICEF(国連児童基金)は、5~17歳の子ども23万5,000人以上が学校に通っていないと推計しており、教育や生計の機会を奪われた子どもや若者は児童労働や早婚、人身取引などのリスクにさらされやすいと指摘しています。キャンプでの生活が長引くにつれて悪化するリスクは大人にも現れています。ミャンマーへの帰還の見通しが薄れる中、より良い機会を求めて外国への脱出を試みる人もおり、海上で遭難して死亡したり行方不明となったりする痛ましいケースが後を絶ちません。
(注1)2025年までの食料支援は、全避難民を対象に、一人当たり支援額(概ね月12ドル)が一律で提供されていたが、2026年からは、世帯のぜい弱性に応じて、一人当たり月12ドル、10ドル、7ドルの3段階に区分される方式へ移行した。
新しい知識に旺盛な好奇心を見せる青少年
裁縫を学ぶ少女。子どもたちの可能性を広げる学びの機会を守ることが、将来への希望につながります。
また、ミャンマー国内の状況は改善しておらず、隣接するラカイン州では武力衝突の拡大により、帰還を阻む要因が解消されるどころか、新たな不安定要因が生じています。2024年以降、15万人が避難民として登録されており、未登録者も含めると推定22万人が新たにバングラデシュに到着しています。
さらに、世界各地で発生する紛争などによる人道危機の影響で、バングラデシュの避難民問題への国際的な関心や資金が相対的に低下しています。すでに限られた資源やサービスに新たな人口流入が加わり、現場への負担が増加しています。例えば、日赤が支援しているキャンプ12の診療所では、2022年度には105人だった1日あたりの平均患者数が、2025年度には119人、2026年4月から6月の3か月では125人に増加しています。そのため、患者が集中した日には、症状が軽い人には後日診察に来てもらうよう伝えなくてはいけないこともあります。
避難民から支援の担い手へ
このような困難な状況下でも、バングラデシュ赤新月社は、日赤を含む各国赤十字社、赤新月社と協力しながら、避難民が安心して生活を送れるよう、医療や水・衛生、シェルターなどの支援を継続しています。2017年の避難民の大量流入発生当初から一緒に活動している、アブさんとジュバエルさんをご紹介します。
診療所を支えるボランティアリーダー アブ・カラムさん
2017年8月21日にラカイン州からバングラデシュに逃れ、その1か月前に先にバングラデシュに到着していた家族と合流しました。同年9月には日赤の診療所ERUとともにボランティアとして働き始めました。ミャンマーのNGOで技術者として働いた経験を活かし、診療所の電気設備や施設整備を管理する重要な役割を担っています。また、3年前からはボランティアを束ねるリーダーを務めています。
支援が始まった当初のことを尋ねると、森を切り開いただけのキャンプを日赤の要員と歩いて移動したこと、巡回診療のためにテントを立てたこと、水の供給網が未整備だったためにトラックで水を運ぶ必要があったことなどを話してくれました。最初はミャンマーと同じ感覚でロンジー(腰巻)を着て活動していましたが、バングラデシュでは仕事中はズボンをはいた方が良いということを学んだそうです。日赤の要員と働くなかでコミュニケーションの取り方を学んだことは、リーダーとして他のボランティアをまとめる際にも役立っていると言います。
家族は妻と5人の子どもたち。うち2人はキャンプで生まれました。「知識は奪われない」からと、教育を重視しているのは自身の経験によるものでしょう。
日赤ERUチームのメンバーとアブさん(前列中央)©BDRCS
リーダーとして朝礼を行うアブさん(左)©BDRCS
支援の橋渡し役 モハマド・ジュバエルさん
2017年9月にラカイン州からバングラデシュに逃れたジュバエルさんは、ミャンマーでは小学校の先生として働いていました。キャンプでの生活を支えるため仕事を探していたところ、キャンプ12の診療所で人材を募集していると聞き、すぐに履歴書を持って診療所を訪れました。2018年1月に診療所の清掃をするボランティアになり、その後は清掃以外にも薬局の手伝いなど徐々に任される仕事の幅が広がっていきました。現在は、避難民の人たちが話す言葉(注2)とベンガル語の通訳として、医師や薬剤師と患者の意思疎通をサポートするとともに、診療所を受診した患者のデータ入力も行っています。「キャンプにある診療所の中で、この診療所が一番だと思います」と語るジュバエルさんの言葉から、単なる仕事場としてではなく、診療所を心から大切にしていることが伝わってきました。

患者のデータ入力を行うジュバエルさん
(注2)避難民が話す言葉は、バングラデシュの南東部チッタゴンやコックスバザールで話されているベンガル語と極めて近縁であるが、バングラデシュの公用語であるベンガル語話者との意思疎通は困難である。
避難民の支援体制やサービスの整備が進む一方で、危機の長期化に伴う課題は今も続いています。そのような中、アブさんやジュバエルさんをはじめとする避難民ボランティアは、地域を支える重要な役割を担っています。9年にわたる支援の歩みは、施設や制度の整備だけでなく、人びとの知識や経験が地域の力として受け継がれていることにも表れています。
避難民の人びとへ継続したご支援をお願いいたします
日本赤十字社は、ミャンマーからの避難民一人ひとりの心身の健康と尊厳を守るため、バングラデシュ赤新月社と協力して支援活動を続けています。引き続き、皆さまの温かいご支援をよろしくお願いいたします。