【NHK海外たすけあい】南部アフリカ地域「空白地帯を作らない」コミュニティ保健支援
南部アフリカ地域では、HIV/エイズや結核、マラリアといった感染症が人々の暮らしを脅かしており、特に子どもたちは弱い立場に置かれています。自身の感染や家族の喪失、貧困などによって学びの機会や基本的な生活が損なわれると、健康だけでなく将来の選択肢まで奪われてしまいます。日本赤十字社(以下、日赤)は、現地の赤十字社と連携して、こうした子どもたちの治療の継続だけでなく「学校へ行ける」「相談できる居場所がある」といった暮らしそのものを支える包括的な支援を行っています。今回、日赤から看護師らが支援対象国のエスワティニとザンビアを訪問し、モニタリングしました。
エスワティニ王国:世界一HIV感染率が高い国で、若者と家族の「生きる力」を見る
エスワティニの成人のHIV感染率は4人に1人。多くの子どもたちがその影響を受けています。首都から車で約3時間、山間にあるエスワティニ赤十字社の運営する診療所の周辺でも、HIV/エイズの影響を受けた家族が数多く暮らしています。家計がひっ迫し、若い女性が「今日の食事」を得るために売春を行わざるを得ないといった厳しい現実もあります。
10代の妊娠と、立ち上がる生徒たち
エスワティニ赤十字社の診療所が支援する学校のいくつかを訪問しました。学校では10代での妊娠、出産が問題となっており、教員たちも妊娠した生徒のサポートに頭を悩ませていました。しかし、希望もあります。「自分たちの身は自分たちで守ろう。」ある学校では、校内に結成された赤十字クラブの生徒たちが「朝の時間」を活用したミニセッションを開き、診療所のボランティアから得た知識をもとに性や健康に関する知識を広め、HIV/エイズへの偏見をなくす活動を始めていたのです。
教員にインタビューする日赤看護師ら©日本赤十字社
先生は、「赤十字の活動を通して、子どもたちのリーダーシップや活動を形にする表現力が養われました。赤十字が提供してくれる教材は、厳しい環境で生きる子どもたちの心のケアにも役立っています」と語ってくれました。
孤立の中でも、未来を耕す
診療所は病気を抱え、極度の貧困に陥ってしまった家庭の心理社会的支援も行います。具体的には、訓練を受けたボランティアが家庭訪問を行い、傾聴や生活環境のアセスメントを通じて、健康アドバイスや必要な公的支援につなぐのです。
父親が掘った、トイレに使われる大きな穴©日本赤十字社
支援対象である、父子家庭を訪問しました。父親はHIV感染と結核を患い、事故で左足を切断しています。親族からも孤立し、食料も水も不足する過酷な環境で学齢期の子ども2人を育てています。今年に入り国際的な支援の削減により、国内では医薬品が不足し、抗ウイルス薬も1回の処方で受け取れる量が減り、父親は通院回数を増やさざるを得なくなりました。松葉づえをつくこの父親にとって10キロ離れたクリニックへの頻繁な通院が大きな負担となっていました。それでも、家の周りではヤギや鶏を育て、パパイヤの木を植え、懸命に自給自足の生活を営んでいます。「子どものためにも、自分のためにも健康でいたい。」 建設中のトイレや増築している家屋を見せてくれながら語るその言葉に、親としての強い覚悟を感じました。
物資は足りない。それでも、地域全体で支え合う
地域の医療拠点となっている診療所では、訪問時、救急車が故障し、舗装されていない悪路も相まって患者さんの搬送が困難な状況でした。しかし、看護師長を中心に、ボランティアが各家庭を回ったり、若者ボランティアが学校での保健教育を手伝ったりと、地域全体で支え合う「コミュニティヘルス」が確かに息づいています。困難な状況下でも、赤十字の強みである地域に根ざした支援が、人々の尊厳を守る姿がそこにはありました。
ザンビア共和国:靴と水、暮らしを支える保健支援
ザンビアでは、HIV/エイズに加え、結核やマラリア、さらには気候変動による干ばつや洪水が人々の生活を脅かしています。ザンビア赤十字社は、首都から車で4時間ほどの距離にある地方都市カピリ・ムポシで、エイズ孤児等の就学支援に加え、学校での衛生教育や農園支援、心理社会的支援などを行っています。
命の源、「水」がない現実
現場で最も痛感したのは「水」の欠如です。ザンビアは過去2年間に緊急事態レベルの干ばつを経験しました。どの学校の井戸も干上がり、子どもたちの飲み水すら確保されていませんでした。どんなに手洗いが大事だと教えても、水がなければ手は洗えません。強烈な日差しを遮るための木を植えても、雨が降らなければ根付きません。安全な水があること。それが全てのはじまりであり、最大の課題です。

砂地が広がるカピリ・ムポシ郊外©日本赤十字社
靴の支援が保健につながる理由
就学支援として、ザンビア赤十字社は靴や教科書を提供しています。日赤の支援をもとに、年間300人が選ばれますが、この地域にはその数を大きく上回る支援が必要な子どもたちが存在します。今年度の支援対象に選ばれた、エイズ孤児の男の子の家庭を訪れた時のことです。彼は、亡くなった母親の友人に引き取られ、抗ウイルス薬を飲みながら生活しています。彼は、靴や教科書を受け取るのを心待ちにしていて、私たちの帰り際、はだしのまま駆け寄ってきて「靴がほしい」と伝えてくれました。しゃく熱の大地を、何キロもはだしで歩いて学校へ通う子どもたち。靴がないことでいじめに遭う子も多いそうです。「靴を提供することで、子どもたちは自信を持って学校に登校することができる。靴の提供も、“保健”の一部なのだ」という、現地スタッフの言葉が胸に刺さりました。
靴のことを伝えに来てくれた少年©日本赤十字社
学校という心理的安全の場
片道1時間半を歩いて通学する生徒たちがいます。空腹で、水筒も持たずに。それでも、ある女の子は「学校が楽しい。クラブの友達には悩みを話せるから」と笑顔を見せてくれました。 学校にある「赤十字クラブ」では、衛生習慣や気候変動に対応する農法について子ども同士で学び合っています。そこは単なる学習の場ではなく、子どもたちが安心して本音を話せる、心理的な安全の場となっていました。
保健支援とは、暮らしを支えること
赤十字の行う「保健支援」とは、単に薬や診療を提供することだけではありません。靴を履いて学校に行くこと、安全な水を飲むこと、おなかを満たすこと、そして安心して過ごせる場所があること。すなわち、「暮らしそのものを支えること」なのです。
皆さまからのご寄付は、こうした「人道支援の空白地帯を作らない」ための活動、子どもたちの「生きる力」を支える健康知識のため、治療のため、そして学ぶ機会を提供するために活用させていただきます。「NHK海外たすけあい」を通じて、引き続き温かいご支援を心よりお願い申し上げます。

家庭訪問に向かうボランティア©日本赤十字社

本事業は「キッズクロスプロジェクト」として、NHK海外たすけあい以外にも、協賛いただいた企業のご支援を受け、実施しております。
