インドネシア防災強化事業:支援の担い手を育てる
日本赤十字社は、インドネシアで実施する防災強化事業の事業管理要員として、2025年5月半ばから3か月間、武蔵野赤十字病院の矢島有希看護係長を現地に派遣しました。この記事では、長年続く日本赤十字社とインドネシア赤十字社の国際協力が育んだ「人材育成」という目に見えにくい成果について、矢島看護係長からお届けします。
日本赤十字社×インドネシア赤十字社:災害対応から育まれた絆
インドネシアはアジアで最も自然災害が多い国の一つで、地震、津波、火山噴火、豪雨、洪水、地滑りなどが頻発しています。特に2004年12月26日にスマトラ沖で発生したマグニチュード9.1の地震と、この地震による大津波では、インド洋沿岸諸国の中でもインドネシアの被害が最も大きく、死者・行方不明者が22万人を超え、特にスマトラ島北端に位置するアチェ州は壊滅的な被害を受けました。
日本赤十字社は発災直後から緊急救援を開始し、その後は復興支援を継続的に実施してきました。さらに、ジャワ島やスマトラ島など各地で防災強化事業を展開し、現在は東ジャワ州ジャンバル県と西ジャワ州スカブミ県を対象に継続しています。
私は今回の現地への派遣を通して、これらの活動がインドネシア赤十字社の職員やボランティアなどの深い理解と協力によって支えられていることを感じました。人道の理念に根ざした強い信念を持って参加する一人ひとりの姿に、深く心を動かされました。
中でも印象に残ったのは、インドネシア赤十字社本社で働く青少年赤十字出身のヌル・ロヒム氏との出会いです。インドネシア赤十字社の継続的な青少年赤十字やボランティアの育成と日本赤十字社の長期的な支援が、彼のように主体的に動き周囲を導くリーダーを育ててきたのだと理解しました。そんなロヒム氏に、日本赤十字社による支援事業や青少年赤十字についてインタビューを行いました。
ロヒム氏の歩み:静かに燃える情熱と成長の軌跡
彼がインドネシア赤十字社と関わり始めたのは2012年、学校の課外活動として青少年赤十字に参加したのがきっかけでした。青少年赤十字キャンプに参加した際、地震と嵐に見舞われ、彼は本能的に周囲の人びとを安全な場所へ誘導しました。その時に得た充実感と誇りが、人道支援への意識の芽となりました。
青少年赤十字時代のロヒム氏(右)©インドネシア赤十字社
大学進学後はインドネシア赤十字社のユースボランティアとして地域活動に積極的に参加し、特に災害にまつわる情報管理や地理情報システム(GIS)に興味を持つように。この頃、日本赤十字社の支援事業の一環として開催されたIT研修にユースボランティア活動で参加したことも、彼の関心と才能をさらに広げました。IT分野のスキルは防災事業の運営に不可欠で、「データが語り、意思決定を支える」ことに大きなやりがいを感じています。
現在はインドネシア赤十字社本社でITスペシャリストとして勤務し、システム開発や技術サポート、後進の育成を担っています。ユースボランティア時代からインドネシア赤十字社のITシステムや研修、トラブル対応に積極的に関わり、その継続的な献身が評価されました。
私が東ジャワ州ジャンバル県で参加した災害リスク評価(EVCA)研修でも、大勢の前で彼が堂々とファシリテーションを行う姿が印象的でした。また、オンラインで開催し700人以上が参加した学校防災指導員養成研修でも、スムーズな進行のため、独りで手際よく技術支援を行いました。

災害リスク評価研修でファシリテーションを行うロヒム氏©日本赤十字社
オンライン研修で技術支援しているロヒム氏©日本赤十字社
「インドネシア赤十字社は私の興味や好奇心、才能を伸ばす機会を与えてくれました。実践経験を重ね、学び続けることで、他の人に良い影響を与えることができます。この仕事はとても意義深く、自分の成長につながり、何より楽しいのです」と、ロヒム氏は話します。現場では常に新しい課題や気づきが生まれ、それが将来の改善に役立つ貴重な資源となります。彼の姿勢は、技術力だけでなく、人道的使命感の強さを物語っていました。
支え合う仲間とメンターの存在
ロヒム氏の成長の背後には、メンターである先輩たちの歩みがありました。彼の現在の上司であるパルミン氏や、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)のIT専門家アレックス氏も、かつて日本赤十字社の支援事業を通じてスキルを磨き、メンターとしての役割を担うようになった人物です。
彼らは2016年、スマトラ島西岸に位置する州ベンクルでの日本赤十字社支援による防災事業で、リスク評価や地域防災の概念を学ぶためのGIS(地理情報システム)研修を開催し、ドローンを使ったデジタルマッピングに初めて挑戦しました。この経験は、パルミン氏とアレックス氏にとって防災分野でのITの専門性を高める契機となり、当時この研修にボランティアとして参加していたロヒム氏に、防災と技術活用への強い関心を芽生えさせることとなりました。
研修後、2人はオンラインプラットフォームを立ち上げ、ロヒム氏や仲間が自由に質問や情報共有を行える学びの場を整備。こうした継続的な学びの仕組みが、ロヒム氏のスキル習得と自信につながり、やがて災害対応に派遣され、経験を重ねていきました。
今回のミッションで私自身、多くの献身的なメンバーに囲まれ、学びを継承していく大切さを学びました。彼らの存在は、ロヒム氏が自信を持って挑戦し続ける原動力となり、人材育成の連鎖が事業終了後も続くことを教えてくれました。
数値では測れない人材育成の成果
支援事業を数値で評価することは重要ですが、成果は数値化できるものばかりではありません。インドネシア赤十字社の青少年赤十字やユースボランティア育成を通じて、1人の青年が自らの使命を見いだし、リーダーとして成長し、今は他者の成長を支えています。彼は学び、知識を共有し、経験を重ねる中で、インドネシア赤十字社の一員としての役割を深く理解していきました。彼が最も喜びを感じるのは、「学びながら他者に良い影響を与えられること」だと言います。こうした人材は、地域だけでなく、組織にとってもかけがえのない存在です。その影響は数値化できなくとも、持続可能で地域に根ざした活動の土台を築きます。そして、ロヒム氏だけでなく、多くの若者がインドネシア赤十字社や日本赤十字社の事業を通じて成長を続けています。
インドネシア赤十字社と日本赤十字社の協力事業によって、ロヒム氏のように行動力・才能・学び続ける姿勢を持った新しい世代が育っています。事業地では「Humanity(人道)」と口にし、希望にあふれる若者にたくさん出会いました。知識や経験の価値を理解し、それを糧に挑戦を続ける彼らの姿は、学びとエンパワーメントへの投資は決して無駄にならないという証しであり、真の価値は人の変化に宿ると学びました。
未来を担う、若者へのメッセージ
インタビューの最後に、ロヒム氏からメッセージをもらいました。
「インドネシア赤十字社に関わるすべての若者へ: 行動するだけでなく、学び続け、変化を柔軟に受け入れるボランティアでいてください。人道主義は災害対応だけに限りません。日常の中で人びとに寄り添い、関心を持ち、良い影響を与えることです。どんなに小さな貢献でも、他者にとっては大きな意味を持つことがあります。自分の力を信じ、恐れずに発揮してください。誰もが人道活動の中で価値ある役割と可能性を持っています。」
彼がいつかそうだったように、一人でも多くの青少年赤十字やユースボランティアの心にこのメッセージを届け、人道支援の輪を広げていきたいと思います。