【世界環境デー】コレクティブ・アクションで築く、災害に強い未来:大洋州における気候変動への挑戦

近年、気候変動は単なる環境問題にとどまらず、「脅威の触媒(threat multiplier)」として、社会不安や経済的ぜい弱性を悪化させる要因と見なされるようになっています。なかでも、太平洋諸国では、海面上昇や激甚化する自然災害、異常気象の頻発に加え、食料安全保障、感染症、移住などの課題が複雑に絡み合い、人びとの生活や健康に深刻な影響を及ぼしており、気候変動の最前線に立たされています。この「気候変動の最前線」にある大洋州で、各国の赤十字社は、行政や国際機関と連携し、地域の人びとが自らの力で未来を切り開くための支援を続けています。6月5日の世界環境デーを迎えるにあたり、コレクティブ・アクション(連携による行動)の力が生み出す変化についてご紹介します。

海面上昇がもたらす人道課題

太平洋地域では、世界平均の2~3倍の速さで海面が上昇しており、今後30年で約30センチの上昇が予測されています。これは、海抜の低い島国にとって、生存を脅かすほどの重大な影響を意味します。

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©Mick Tsikas/AAP, 出典:The Conversation “Australia’s offer of climate migration to Tuvalu residents is groundbreaking”

例えばフィジーでは、国民の約90%が沿岸部に暮らしており、重要なインフラや社会サービスの多くも沿岸部に集中しています。さらに、キリバスやツバル、サモアなどでは国土が限られ、内陸への移転が難しいため、海面上昇は直接的な移住を伴う課題へと発展しています。

海岸浸食によって農地が失われるほか、高潮や強風による海水の浸水被害が頻発しており、自給自足の生活を基盤とする多くの人びとにとって、生計手段の喪失が現実のものとなっています。このような状況に対し、赤十字は気候変動を人類にとっての重大なリスクと捉え、最優先課題として取り組んでいます。

コレクティブ・アクションを通じた連携の推進

このような気候変動という複雑かつ多面的な課題に対処するためには、赤十字単独の取り組みでは限界があります。そのため、大洋州における赤十字の活動では「コレクティブ・アクション(連携による行動)」のアプローチを重視し、政府機関や国際機関、地域団体など多様な関係者との緊密な協働体制を築いています。

チェンジ・メーカーの力を最大限に

赤十字では、若い世代を気候変動に立ち向かうチェンジ・メーカー(変革の担い手)と位置づけ、ユース向け気候変動参加型アクションプログラム「Y-Adapt(ワイ・アダプト)」を推進しています。これは、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)と国際NGOが共同で開発したカリキュラムで、気候変動について学び、地域社会の具体的な行動につなげていくものです。Y-Adaptにはゲームや対話形式のワークショップが数多く組み込まれ、参加者にとって気候変動を自分自身に関わることがらとして捉える機会となっています。

画像 洪水による廃棄物問題に取り組む©バヌアツ赤十字社

Y-Adaptが目指すのは、一過性ではなく、地域に根ざした持続的なアクション。

Y-Adapt参加後、コミュニティに戻った若者たちは、活動の中心的な担い手として村の人びととともに地域課題と向き合い、高齢者や社会的に弱い立場にある世帯への聞き取りを経て、限られた予算の中で何ができるかを協議します。 そして、コミュニティ全体を巻き込んだ数カ月にわたる計画と実践を通じ、コミュニティの防災力とレジリエンス(回復力)を高めています。

日本赤十字社の支援により、2023年から太平洋各国においてY-Adaptの取り組みが本格的に始まっています。現在、域内12の赤十字社がY-Adaptを通じて気候変動アクションを各地で展開、大洋州においてY-Adaptは赤十字による気候変動対策の中核となっています。

日本赤十字社による支援を機に、Y-Adaptはアメリカ赤十字社やニュージーランド赤十字社などの赤十字メンバーをはじめ、米国際開発庁(USAID)や国際機関など多様なドナーにも広がり、それぞれによる支援に組み込まれはじめています。

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ユース・ボランティアによるコミュニティでのコンサルテーション、バヌアツ©IFRC

域内の各国赤十字社では、Y-Adaptを年間計画に盛り込み、赤十字の姉妹社や国際機関との連携を通じて資金面および人材面での体制を強化、現場ではユースたちが地方自治体、学校、地域のNGO、教会、商店、民間企業など多様な利害関係者と力を合わせ、地域ぐるみでアクションを実現。グローバルな支援と地域レベルの連携が交わることで、より持続的で実効性のある効果が生まれています。

若者が立ち上がり、チェンジ・メーカーとしてコミュニティとともに未来を創る―Y-Adaptはそんな変化の原動力になっています。

キリバスでは

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キリバス赤十字社Y-Adaptチームによる海岸清掃©IFRC

気候変動の影響で、海面上昇や高潮による浸水が日常的に発生し、村では衛生面での課題が深刻化していました。こうした状況に立ち向かうため、コミュニティの若者たちが毎週、海岸の清掃やごみの分別・廃棄に関する啓発活動を実施。自治体とも連携しながら、地域の衛生環境を守り、人びとの健康と感染症予防に貢献しています。

「すべての人に早期警報を(Early Warnings for All:EW4ALL)」

―地域・政府・国際機関が一体となって取り組む、気候レジリエンス

大洋州では、気候変動と災害リスクへの対応に向けて、各国政府、地域団体、国際機関が連携しながら、早期警報体制の強化、洪水予測や沿岸浸水マッピングなどの予測に基づいた行動の導入など、多面的な取り組みが展開されています。中でも注目されるのが世界的な取り組みである「すべての人に早期警報を(Early Warnings for All: EW4ALL)」構想。IFRCは、このグローバルな取り組みの柱の1つである「地域レベルの早期行動」を先導しており、国連防災機関(UNDRR)や国際電気通信連合(ITU)などの国際機関と連携して、大洋州5カ国でワークショップや政策対話を進めています。

フィジーでは、EW4ALLに関する国家レベルのロードマップが策定され、緑の気候基金(GCF)からの資金援助によるIFRC含むパートナー機関からの支援も決定し、動きが加速しています。トンガ、ソロモン諸島、キリバスでも、政府主導の作業部会が設置され、地域に根ざした実践が始動しています。キリバスでのEW4ALL開始に際しては、IFRCが災害法など制度面の重要性を訴え、警報の受信から行動への移行を支える法制度の整備が進められています。

このように、赤十字は気候変動への取り組みを「支援する」立場から一歩踏み出し、最前線の現場と政策の間をつなぐ橋渡しとしての役割を果たしています。地域に根ざしたアプローチを大切にしながら、制度改革や政策提言を通じて、より包括的で持続可能な解決策の実現を後押ししています。

こうした過程では、「制度の導入」だけでなく、「誰と」「誰のために」進めるかが重視されています。大洋州の多くの島国では、数百の離島に分散した地理的特性の中で赤十字が地域に根ざしたネットワークを有しており、各島に存在する支部とボランティアは地域の課題や知見を共有する“知のハブ”となっています。各国赤十字社は、コミュニティ主導の中核的パートナーとして、制度設計の場においても、草の根の声を制度に反映させる橋渡しとして機能しています。

コミュニティ主導で気候変動に強い未来をつくる

フィジーでは

フィジーでは、IFRCとフィジー赤十字社が協働で、洪水リスクに関するタイムリーで実用的な情報がコミュニティに確実に届くよう、早期警報システム(EWS)の強化を図っていますが、単に技術を導入するのではなく、人びとがアクセスしやすく、地域の文脈に合い、コミュニティ主導で運用されるシステム構築を目指しています。同プロセスの参加者は次のように語りました。

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マタヴォウヴォ地区 女性グループ代表©フィジー赤十字社

「この参加型プロセスを通じ、私たちのコミュニティで初めて皆が集まり、こうした話し合いができた貴重な機会でした。今、私たちの地域には防災委員会がなく、支援から取り残されていると感じることもあります。この取り組みが、私たちのニーズに応える支援につながってほしいと願っています」

村の人びととともに地域の課題やニーズを見つめ、未来に向けた防災・気候対応を協議する参加型アプローチは、包摂的で持続可能な地域づくりへの重要な一歩です。数百の島に暮らす人びとが警報を受け取るには、制度・技術・コミュニティの知恵の連携が不可欠です。赤十字のネットワークとボランティアの力を生かしてコミュニティの声を拾うことで、より公平で実効性のある防災と気候レジリエンスの取り組みが少しずつ形になっています。

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