モンゴルでの「こころのケア」~現地からの報告

日本赤十字社(以下、「日赤」)はモンゴル赤十字社(以下、「モンゴル赤」)と実施する3カ年の保健支援事業の中で、心理社会的支援(以下、「こころのケア」)の実施体制を確立する取り組みを進めています。活動への技術支援のため、本年1月には日赤医療センターの宮本教子要員を、3月と4月には日赤和歌山医療センターの林優子要員をそれぞれモンゴルに派遣しました。

今回は、2人からモンゴルのこころのケアの課題をはじめ、現地での取り組みについてご報告します。

こころのケアは重要

モンゴルは面積156.4万㎢、人口約350.5万人であり、日本の約4倍の広い大地に横浜市(2025年5月時点、約377.4万人)より少ない人びとが住んでいます。なにもない広々とした草原や南部の砂漠、北部の森林など、厳しくも豊かな自然と共にある国です。

1990年以降の市場経済化とともに、主に就業の機会を求めて地方から首都のウランバートルに人びとが集まり、現在は全人口の半数におよぶ約173.5万人が首都に住んでいます。都市部の急激な人口増加により経済や文化の一極集中化だけでなく、インフラ整備の遅れ、交通渋滞や大気汚染などさまざまな問題が発生しました。心理社会的問題に目を向けると、地方から都市への移住者は血縁者や従来の支援ネットワークから切り離され、社会的孤立を経験しやすくなります。また、住宅不足や経済的格差、就職難など都市特有の問題がさらなる心理的負担を生み出しています。こうした背景より、メンタルヘルスやコミュニティベースの支援プログラムなど、こころのケアが重要になっているのです。

逆に、広大な土地に人口が点在する地方では、距離的・地理的障害により住民が必要な医療や福祉サービスにアクセスすることが困難です。モンゴルの人びとのウェルビーイングを守るため、コミュニティを強化し、地域で行える救急法やこころのケアが不可欠です。

モンゴル赤十字社への出張・支部の訪問

(以下、宮本要員からの報告)

2025年1月から2月にかけてモンゴルを訪れ、モンゴル赤のこころのケアを強化するための支援を行いました。1月のウランバートルの平均気温は-21.4℃。いくつかの支部を訪問した際は、時には-30℃を下回る寒さの中でもボランティアの皆さんが集まってくださり、活動の様子を聞かせてくれました。極寒の冬は屋内に活動が限られてしまうけれど、春になったらバザーを開催するつもりだと張り切る姿が印象的でした。

モンゴル赤では、精神保健およびこころのケアをとても重要視しています。専用の部屋(こころのケアルーム)を用意して心理士によるカウンセリングを行い、ホットラインによる電話相談を受けつけている支部もあります。老齢者のリハビリテーション活動にこころのケアを組み込んで、社会的孤独を予防する取り組みをしている支部、小物を使って自分の感情を相手に表現する演習や、白いバッグやポーチに絵を描くことでグループ内での交流や心理教育に利用している支部もありました。

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ダルハン支部のこころのケアルーム © 日本赤十字社

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オルホン支部で活動に使っている小物

© 日本赤十字社

広大な国土のモンゴルでこころのケアを効果的に提供するには、本社の専門家だけでなく各支部の職員やボランティアの能力強化が不可欠です。また、地域特有のニーズに対応するためには、現場で活動する人材が適切な知識とスキルを持つ必要があります。そのため、体系的な研修プログラムを通じたモンゴル赤全体の人材育成が質の高い支援を行うための鍵となります。

画像 フブスグル支部でボランティアへミニ講習を開催 © モンゴル赤十字社

こころのケア支援体制を構築し、実践を広げるために

モンゴル赤ではこの1年の間に、支部職員に対するPFA研修(Psychological First Aid:心理的応急処置)や、国際赤十字・赤新月社連盟(以下、「連盟」)からの技術支援のもと、モンゴル国内の関係機関や連盟からの参加者を招いた国際こころのケア研修を開催するなど、モンゴル赤内外の人材育成や能力向上、実践的な体制づくりに注力してきました。

PFA研修では、参加者が災害時などの緊急対応を行う際に、こころのケアの要素を支援の主軸の一つとして取り入れ、また、その支援方法を支部のスタッフ間にも広められるように、モンゴルの文化背景や社会情勢を踏まえた内容で進められました。研修後に実際の災害現場で被災者支援にあたった参加者からは、「あの研修を受けていたので自信を持って対応できた」との声が上がりました。

2025年4月には、これまでの研修に続く形で、モンゴル赤のこころのケア研修カリキュラムの確立を目指して、モンゴル赤職員を中心とした国内参加者向けのこころのケア研修を行いました。

こころのケア研修―こころのケア支援体制を共に築く

(以下、林要員からの報告)

モンゴル赤担当者と連盟こころのケアコーディネーター、日赤要員が共に協力して、研修モジュールや構成を策定しました。また、参加者の理解をより深めるため、連盟のマニュアルを基にした、現地の文脈に即したモンゴル語版のボランティアマニュアルが配付されました。

画像 ボランティアマニュアルと参加者たち © モンゴル赤十字社

研修中は、国内のあらゆる地域から集まったモンゴル赤職員と、政府の緊急対応機関(NEMA:National Emergency Management Agency)および精神保健機関(NCMH:National Center of Mental Health)の心理専門家たちが、こころのケアの基本理論や実際の支援方法について活発な意見交換を重ね、日を追うごとに各グループから発表される討議内容が充実していきました。

実際の支援方法を検討するグループワークでは、各グループでの事例設定から始め、交通事故、自然や人的な原因による火災、家庭問題(子どもの生活や学習環境、保護者のアルコール依存等)など、現状に即した支援課題が共有されました。

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グループワーク後には参加者が列をなして次々に発表する

© 日本赤十字社

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グループワークの様子 © モンゴル赤十字社

参加者からは、「今回の学びを生かして支部での活動を広げたい」との声が多数寄せられ、今後は各支部での取り組みが月次で報告される体制も整備されつつあります。研修での学びが日々の活動に反映され、その実践からのフィードバックがモンゴル赤全体のこころのケア活動をさらに発展させていくことを目指していきます。

支援活動のこれから

モンゴルでは、こころのケアの分野において、国の主要機関が連携して相互協力の枠組みをつくろうと協議が始まっています。

モンゴル全土に33の支部を持ち、多くのボランティアが活動するモンゴル赤には、各地を網羅した対応力に大きな期待が寄せられています。こうした他機関との協働の中で、スタッフやボランティアによる基礎的な支援と専門家による介入との連携が促進されて、より実効性のあるこころのケア支援体制の基盤が整っていくことが見込まれます。地域に根差したこころのケア活動を広げるため、各支部での相談室の設置も進めていきます。

こころのケアは、専門家によるものだけではなく、必要な知識を身につけていればあらゆるスタッフが取り組める支援です。より多くのスタッフが支援に関わり、一人でも多くの人に支援の手が届くよう、効果的に継続できる研修カリキュラムの導入は欠かせません。

本事業では、人材育成の一貫した仕組みづくりと、地域での活動拡充に向けた取り組みによって、モンゴル赤ですでに幅広く実施されている救急法(ファーストエイド)とともに、平時、緊急時を問わず、人々のニーズに即した支援体制の強化を図っていきます。

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