【速報12】イスラエル・ガザ人道危機:アルクッズ病院で活動してきた日赤要員からの報告

 これまでの速報で状況をお伝えしてきたアルクッズ病院は、パレスチナ赤新月社がガザ地区において運営している病院で、日本赤十字社(日赤)は2019 10 月から日赤スタッフを派遣し、医療技術支援を行ってきました。途中、新型コロナウイルスの世界的な蔓延や情勢不安により派遣を一時中断し、遠隔で支援を継続、現地の状況について改めて調査を行ったのち、2023 7 月から日赤スタッフの派遣を再開し活動を本格化したところでした。今回はイスラエル・ガザ間の武力衝突の激化が始まった10月7日に現地で活動していた川瀨佐知子看護師(大阪赤十字病院)の経験とメッセージをお伝えします。

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アルクッズ病院でワークショップを行う川瀨看護師(中央)

アルクッズ病院・活動概要について

10月7日以前のアルクッズ病院の様子や活動の様子について聞かせてくださいー

 アルクッズ病院はパレスチナ赤新月社が運営する210床の総合病院です。救急外来、一般外来、入院病棟、手術室、ICU(集中治療室)、NICU(新生児集中治療室)などがあり、心臓血管外科手術などの高度な医療を提供する病院です。日赤は2019年から医療技術支援をしており、私は看護師の能力強化について、2022年の1年間は日本からオンラインにて、2023年の7月からは現地に派遣され活動してきました。具体的にはバイタルサインの測定、酸素投与、点滴管理といった看護ケアのプロトコル(手順書)の作成をし、作成後は院内看護師を対象としたワークショップを行い、知識や技術の定着を図っていました。OJT(実施研修)を行う予定もありました。現地に派遣されてからは、新たな事業計画の策定を現地スタッフと共に行い、事業の二本柱を①看護実践能力の向上と②新生児ケアの強化に定め、活動を本格化し始めたところでした。

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アルクッズ病院の外観©PRCS

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10月7日以前の事業のチームの集合写真

10月7日以降の現地の様子、南部への退避について

―今回のような武力衝突が起きている場所で活動する赤十字関係者の安全については赤十字国際委員会(ICRC)が指揮をとっており、ガザに派遣中の日赤スタッフはICRCの安全基準に従って行動することになっています。10月7日当日の様子を教えて下さい―

 それまでも事前に告知されるような形で小規模なデモや衝突はありましたが、今回については現地スタッフも不意打ちの様子でした。爆撃音がどんどん激しくなり、すぐ近くに攻撃を受けたかと思いました。もともと有事の際に備えて事前に荷物をまとめており、まずは当日中にICRCの別の宿舎(シェルター)に移動しました。移動途中に避難経路にあった建物が激しい攻撃を受け、その破片が散乱していたため、進路を変更するなど、かなり緊迫した状況でした。アルクッズ病院の看護部長に連絡をとり、1シフト24時間の緊急態勢が敷かれ、病院が手配した車両で医療スタッフ送迎をしていることを把握しました。看護部長からは「危険なので病院には来ない方がいい。自分たちはこんな状況に慣れているから大丈夫」と言われました。その後も負傷者が絶え間なく運ばれてきて、看護部長自身は10日以上滞在し、家族とは電話で安否を確認していました。

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看護部長(1番手前)から送られてきた写真

10/13に動きがあったようですね。その時の状況や現地スタッフの様子を教えてください―

 看護部長は退避を検討するも、患者・病院スタッフを伴っての移動は困難なため病院に残り、スタッフの調整や指揮を続けました。2人の現地スタッフは南部に移動しましたが、そこからアルクッズ病院に通い勤務を続けていました。早朝に出発し、歩いて病院にいくこともありました。1人については勤務中に南北の幹線道路が遮断されてしまったため、そこから病院で寝泊りする日々が始まりました。「病院で寝泊りし、働き続けることは問題ではない。ただ、家族と離れていて状況がわからないので、電話が鳴ると、家族の訃報ではないかと怖くなる」と不安を訴えていました。

エジプト国境のラファでの動きや活動について

―南部に移動してからも現場で働き続ける現場のスタッフの強さを知り、少しでも支えられるよう、毎日連絡を取り合っていたと聞いています。その際の様子を教えてください―

 同僚の医師が勤務中に、自分の子どもが搬送されてきて、既に亡くなっていたということを聞き、心が引き裂かれる思いでした。日に日に病院に避難してくる人も増え、掃除道具さえ十分になく、衛生環境の悪化を懸念している様子が伝わってきました。感染性胃腸炎、皮膚炎、インフルエンザなども流行し始めたようでした。いつも平常心の看護部長ですが、「今も攻撃があった。きっと患者が運ばれてくる。もう自分たちのチームは疲れ切っている…」との連絡に、アルクッズ病院がかなり厳しい状況にあることが分かりました。11月以降になると、燃料が底を尽きはじめ、呼吸管理の必要なICUの患者の対応が厳しくなってきたこと、アルクッズ病院自体も攻撃され、非常に危険な状態にあることが切々と伝わってきました。1114日には、アルクッズ病院における避難者・患者・病院スタッフの全てが南部への移動を完了し、病院には誰もいない状態になったと聞き少し安堵しましたが、南部への攻撃のこともあるのでまだまだ心配です。

―南部での活動の様子について教えてくださいー

 国境付近で、そこに集まってきた避難者の保健医療ニーズの調査、健康管理、応急処置、薬剤の手配、現地で稼働している医療施設のリストアップなどをICRCの関係者と一緒に行いました。それとは別に、緊急退避により例えば術後の十分な処置を受けずに南部に避難した方の対応も行いました。

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手前で水色の手袋を着用し処置を行う川瀨看護師

―状況が悪化する中で、どんな思いをされていたか教えてください―

 現地スタッフ、ガザの人びとのことを思うと、不安でたまらない毎日でした。そんな中でも自分を平常心でいさせてくれたのは、ICRCの「如何に人道支援を継続するか」に焦点をあてた姿勢でした。このような状況でも退避ではなく、事業を継続するための方法を考え、活動できる環境を模索している。常に自分を前に向かせてくれ、最後まで出来ることを考えてチームの一員として取り組むことができました。

今回の経験を通してみなさんにお伝えしたいこと

現地の状況は悪化する一方で、この瞬間も爆撃は続いています。民間人、医療・人道支援の従事者、病院や救急車を含む民用物への攻撃は国際人道法では禁じられています。自分はガザの現状を知る一人の人間として、声を上げる必要があると強く感じています。一人でも多くの人の命を守る、それだけのために、一人一人が、国際社会が、最善を尽くすことを心から願います

日本赤十字社は引き続き現地の赤十字・赤新月社を通じて苦しい状況に置かれた人びとへ支援を届けることに尽力する一方で、国際赤十字と連携して国際人道法の遵守を紛争当事者へ強く要請し、人道的な配慮と基本原則の尊重を求めていきます。みなさまの温かいご支援を引き続きよろしくお願い致します。

~日本赤十字社職員によるガザ報告会見~

本日、日本記者クラブにて川瀨看護師によるガザ報告会見が行われました。概要とYoutube会見動画は以下URLからご覧いただけます。

https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/36662/report

「イスラエル・ガザ人道危機救援金」

受付期間: 2023年10月17日(火)~2024年1月31日(水)

使途  : 赤十字国際委員会(ICRC)、国際赤十字・赤新月社連盟、イスラエル・ダビデの赤盾社、パレスチナ赤新月社、日本赤十字社が行う救援・復興支援活動等に使用されます。*周辺国等に人道危機が波及した場合には、その対応を含む。

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