レバノン:現地に根付く支援の輪を ~パレスチナ難民キャンプの病院での活動~

2018年から日本赤十字社(以下、日赤)がパレスチナ赤新月社と実施してきた医療支援事業は、コロナ禍で一時的に要員派遣を中断し、その間は日本からのオンライン支援を続けてきました。2022年4月に現地での活動を再開して一年。最近の活動の様子を片山事業管理要員からお伝えします。

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病院スタッフと打合せをする片山事業管理要員(写真左から1番目)

”外からの支援者” ではなく ”仲間” へ

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医療の質向上のための5つの活動

現在活動中のサファッド病院は、レバノン北部にある難民キャンプに位置しています。キャンプ内に医学系の大学はなく、海外留学等にも自由に出られないため、自身も難民である病院スタッフは新しい医療技術や知識を学ぶことのできる機会が非常に限られています。日赤は、スタッフの知識・技術の向上を通して医療サービスの質の向上に寄与するため、現地に医療チームを派遣し、5つの活動を柱に支援を進めてきました(図参照)。事業の推進には、現地スタッフとの協働が大きなカギを握ります。そこで、日赤が何をしに来たのか、スタッフがどんな状況にあるのか、そしてお互いの理解を深めるために、丁寧に話し合いを重ねることから活動を始めました。最初の頃は約束をしても人が集まらず、決まったことがなかなか実行されないこともありましたが、現場で共に働き、同じ時間を共有する中で、仲間としての確かな信頼関係を築いていきました。最近では「診察に一緒に来てほしい」「話し合いに参加してほしい」とスタッフから主体的に声をかけてくれることも増え、一歩ずつですが着実に、活動が現場に根づいているのを感じます。

病棟での小さな変化と大きな期待

日赤の活動ではOJT (On the Job Training) による実践を大切にしています。2月から外科内科混合病棟でOJTに取組む下地看護師は次のように話します。「フィジカルアセスメント*1推進のためのOJTを開始して1カ月半、上から目線にならないように、かつ指導を受け入れてもらうにはどうしたらいいのか、分かりやすい伝え方とは、と日々悩み、試行錯誤しながら活動を行ってきました。スタッフが患者さんをしっかり観察できていたら、ポジティブフィードバックを行い、私自身もスタッフから学ぶ姿勢を大切にしてきました」。その甲斐あって、最近では現地スタッフにも変化が見られます。「最初の頃は経験豊かな現地のベテラン看護師Aさんに話を聞いてもらうのは一苦労でしたが、最近では、患者さんの観察や、フィジカルアセスメントも一緒に行っており、自分の存在を認めてくれているのがとても伝わってきます。『患者さんのフィジカルアセスメントを行うことは、患者さんに良い看護を行うために大事なことだね』との事業の本質に触れたコメントには喜びを感じます。フィジカルアセスメントの定着にはもう少し時間がかかりそうですが、これからもサファッド病院の看護の質の向上のために、病院スタッフと一緒に協力して活動を続けていきます」

*1 問診、視診、聴診、打診、触診などを用いて患者さんの情報を集め、分析し、患者さんにあった対応を考察すること

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現地スタッフと活動する下地看護師

地域全体で一致団結!

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現場からの搬送患者を受け入れ、トリアージを実施する病院スタッフ

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多数傷病者受け入れの実地訓練を行ったサファッド病院関係者

3月には、サファッド病院で災害トリアージ*2を初めて導入した多数傷病者受け入れの実地訓練を実施しました。日赤チームは病院スタッフや救急ボランティアチームに向けて勉強会やトレーニング、ミーティングを重ね、災害対応の原則であるCSCATTT*3の概念のもとに行動することの重要性を繰り返し伝えてきました。彼らにとって通常の日常業務に加えての準備のため、忙しさでなかなか人が集まらず物事が進まないこともありましたが、訓練当日が近づくにつれて、トレーニング後に部署に持ち帰って話し合う姿を見たり、地域住民に協力を呼びかけて患者役を集めたりと、病院が一つになって取り組むようになっていました。これまでの準備がきちんと活かせるだろうか、とドキドキしながら迎えた本番。訓練は大成功に終わりました。被災現場からの搬送を担う救急チームは、日赤の指導のもと、指揮系統をまとめ、30名の患者役のトリアージを正確・迅速に行い病院へ搬送。病院スタッフも、医師、看護師、事務スタッフが一丸となり、患者受け入れ準備や調整、患者到着後の治療にあたりました。訓練の中で、改善すべき点もありましたが、それを発見できたのも大きな収穫です。訓練後、院長含め多くのスタッフから「日赤の支援のおかげで、患者の救命のためにチームで一致団結して行動することができた。本当に災害が起きた時にもこの訓練が絶対に活きると思う。私たちの自信に繋がった」との感想がありました。平時からこのような訓練を行い、災害時に備えることはとても大切なことです。地域住民の命を守る病院として、彼らが今回の経験と学びを活かし、訓練の継続といざという時の実践につなげてくれるよう願っています。

*2災害発生時などに多数の傷病者が発生した場合に、傷病の緊急度や重症度に応じて治療優先度を決めること

*3災害医療における7つの基本原則: Command & Control(指揮・統制)、Safety(安全)、Communication(情報伝達)、Assessment(評価)、Triage(治療優先度の決定)、Treatment(治療)、Transportation(搬送)。

さいごに

故郷を失い、難民としての生活を続けて今年で75年となるパレスチナ難民。日赤はパレスチナ赤新月社がレバノン国内で運営する5つの病院で活動を続け、長い間脆弱な立場に置かれている人々がより良い医療サービスを受けられるよう支援していきます。引き続き皆様からの温かいご支援、ご関心をよろしくお願いいたします。

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