美しく複雑な中東・北アフリカ地域 国際赤十字スタッフとして寄り添った6年間

2015年、日本赤十字社はレバノンに中東地域への支援を行う代表部を構え、それまでアフリカ地域で支援調整を行っていた経験豊富な職員を異動させ、新たな活動を開始しました。その中東代表部の五十嵐真希首席代表は、同じく立ち上がったばかりの国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)中東・北アフリカ地域事務所の保健要員を兼務し、日赤の代表と国際赤十字の保健担当という2つの役割を担いつつ、中東・北アフリカ地域への人道支援に携わってきました。

着任から6年が経過、IFRCでの役割を完遂した五十嵐代表に、これまでのIFRC地域事務所での活動を振り返り、その想いを綴って頂きました。

はじまり

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日本赤十字社 中東代表部

首席代表  五十嵐真希

“これまで使ったノートは60冊以上、一緒に活動し成長していった現地のスタッフたち、中東・北アフリカの赤十字・赤新月社のスタッフとボランティアたちとコーヒーを飲みながら、仕事と課題を語り合った時間、汗と涙をかきながら会議やトレーニングの準備をした時間、そして、ボランティアと夢と使命を語った時間は、計り知れません。”

 日本赤十字社(日赤)の中東における新たな挑戦は、2015年に始まりました。シリア危機を中心とした中東諸国(レバノン、ヨルダン、イラク、パレスチナ、イエメン)の紛争被害者々の苦難を少しでも和らげるため、レバノンに日赤中東代表部を開設して本格的な支援を開始しました。

 私(五十嵐・真希)は、日赤の中東地域首席代表に着任したのと合わせて、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の中東・北アフリカ地域事務所(MENA)での地域緊急保健コーディネーターと兼務で派遣されました。私の主な任務は、日赤や日本政府など日本からの支援による各国赤十字・赤新月社の活動実施管理、能力強化、質の向上、説明責任などを確実にする体制作りです。日赤とIFRC、私の二足のわらじ(二つの重要な役割の両立)での旅が始まりました。

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五十嵐代表(左下)とIFRC緊急時公衆衛生研修参加者。

中東・北アフリカ戦略:挑戦と信頼

 IFRC MENAは、中東・北アフリカの17カ国を管轄しており、そのうちの4カ国(シリア、イエメン、イラク、リビア)は国連が「大規模緊急事態」と設定する人道危機レベルにある国々です。中東地域は、地中海に面した美しい国々や、オリーブなど美味しい食べ物が豊富で、そして、文化的・歴史的遺跡や貴重な建造物が多く残る場所です。しかし、長期間にわたる紛争、自然災害(気候変動を含む)、感染症流行の多い地域でもあり、4,200万人が人道支援を必要とする国でもあります。長期紛争や占領などにより社会は非常に脆弱であり、経済危機や難民問題、教育や保健サービスの不十分さなどあらゆる領域で困難を抱えています。

 この複雑な中東・北アフリカ地域で、私たちは、IFRCの長期戦略(2020から2030へ)や各国赤十字・赤新月社の掲げる「誰も取り残さない支援」の実現に向けて、取り組みを行っています。安全で公平な水と保健へのアクセス、地域保健、感染症、こころのケアなど、国連や様々なパートナーと共に目指しています。

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ヨルダンでの地域保健活動の様子。

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シリア難民キャンプの子どもたちと。

 私の日赤首席代表としての役割は、日赤中東代表部を立ち上げに始まり、日赤の強みである医療人材の豊富さを活用して、これまでの6年間に約40名の日赤医療要員と事務管理要員をこの地域に送り出しました。事業を円滑に運営するため、現地スタッフ2名を雇用し、主にレバノンとパレスチナで医療技術支援と水衛生環境改善支援を実施しています。

 一方でIFRC MENA事務所での業務は、必要な支援を行うための基礎情報収集と足場固めから始まりました。当初2名だった同僚は現在では12名の大所帯となりました。この事務所の同僚の9割は、MENA地域出身者で(レバノン、エジプト、チュニジア、パレスチナ、イエメン、リビア)、半数は女性です。地元学生の経験の場としてインターンシップも導入し、これまでレバノン人とシリア人学生4名(累計)がチームの一員として貢献してくれています。

 地域に根ざしたメンバーと外国人ベテラン・アドバイザー勢が団結して、コレラ流行、地震、山火事、洪水、干ばつ、新型コロナ対応などでタイムリーで適切な技術と資金を支援するため、数多くの困難を共に乗り越えてきました。

 私たちの役割は、各国の赤十字・赤新月社が、より良くより広く人道支援活動を安全・適切に行うための後方支援です。具体例としては、緊急時の救援金アピールの作成や年次計画の作成のサポート、救急法、地域保健、感染症、こころのケアなどに関する様々な会議やトレーニングの開催、さらには国際機関や大学との連携や技術開発なども行います。どの組織も資金不足にある中、これらサポートは各社が持続的に活動するための体力をつける重要な仕事です。

 私が最も感動し、皆さんに伝えたいことは、最前線で活躍するボランティアたちの姿です。シリア紛争の真っ只中銃声が鳴り止む隙に怪我人を救出するシリア赤、衝突の中で負傷者を手当てするパレスチナ赤、首都の大爆発災害の中でもコロナ患者の搬送を一手に担うレバノン赤、海岸に打ち寄せられた難民の遺体を丁寧に対応するリビア赤、新型コロナの大流行の中、温かいご飯とこころのケアを届けるチュニジア赤、内戦下でもコレラなどの感染症患者を処置するイエメン赤。どんな状況でも「救いたいという気持ち、救うを託されている」という思いで、誠心誠意活動するボランティアたちのおかげで、多くの人々の命と尊厳が守られ、さらに、私たち赤十字・赤新月社の「人道支援へのアクセスと信頼」が確保されています。

 私たちは、ボランティアたちが適切な活動を行えるよう技術を提供し、そして彼/彼女らの心身の安全を守っています。

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ベイルート爆発時の災害救援ボランティア。©レバノン赤十字社

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シリア難民キャンプの家族と。

新型コロナとレバノン複合的危機

 レバノンでは、2020年2月に新型コロナウィルス初感染者の報告、3月からは空港閉鎖をともなう完全ロックダウンが始まりました。私の住むベイルートでは、戦車とスマホのアプリが私たちの行動を監視していました。IFRC MENAは、連日深夜まで情報収集を行い、アラビア語とフランス語への翻訳を行い、途切れなく人びとに伝えていく任務に明け暮れました。情報提供の他に、啓発活動、リスクコミュニケーションのトレーニング、各種会議開催も行いました。2021年に入ると感染が急拡大する中、同僚の中にも感染者が増加し、事務所閉鎖にもなった時期もあります。

 しかし、この国では201910月に反政府デモが起こって以降、財政破綻、首都爆発災害、燃料危機などに見舞われ、医薬品不足、電力不足という複合的な危機状態に陥りました。人びとの間では、「コロナで死ぬか?餓死するか?」という状況にまで追い詰められました。

 現在でもこの状況は続いており、電力供給は1日数十分から2時間程のみ、解熱剤すら手に入らない厳しい環境です。そして、これからの冬、僻地でテント生活をする難民の人たちは、さらに、厳しい環境に追いやられる可能性があり、越冬支援や感染症予防対策も必要となってきます。ニーズは増える一方で、学校に行けない子どもたち、医療費も払えない人々への支援も、今後さらに必要になってきます。

中東行脚と破れわらじ (おわりに)

 多くの地で紛争や衝突が続く中でも「顔を突き合わせ、コーヒーを飲みながらの会話」で信頼関係を構築していくのが、アラブの文化でもあります。MENA地域では、治安の問題、ビザの関係から、通常は容易に行き来できる環境ではありませんが、信頼ある日本のパスポートと勤勉な日本人のイメージのおかげもあり、私はこれまで9カ国(レバノン、パレスチナ、ヨルダン、イラク、エジプト、チュニジア、モロッコ、イラン、アラブ首長国連邦)を訪れることができました。現場での活動を視察し、膝と膝を突き合わせ語り合い、現地のニーズに基づいた支援ができました。

 さらには、IFRCや他の国際機関の会合や講演の場や、日本の大学での講義に招待してもらい、赤十字の活動や国際保健、MENA地域の新型コロナ感染症対策をテーマに講演を行ってきました。馴染み薄いMENA地域の情勢や保健医療に関する問題を、多くの方々に身近なものに感じてもらう素晴らしい機会を得ることが出来ました。学生さんたちの真剣な眼差し、驚きと涙は、中東の仲間たちとも共有してきました。

 しかし、もちろんこの6年間は、大きな教訓と厳しい経験の連続でした。言葉の壁や文化の違い、新型コロナによる長期ロックダウンと出張等の中止、事業の遅れによる変更、政府情勢による活動の中止など。そして何よりも、国際人道法が守られなかった紛争と、そして新型コロナ感染症により経験した「仲間たちの死」は、とてつもなく辛いものでした。それでも、私たちは、立ち止まることなく、チーム一丸となって、一人でも多くの人に正しい知識を伝え、一人でも多くの命と尊厳を守る活動を続けます。

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レバノンのパレスチナ難民キャンプ内の赤新月社病院スタッフと日赤派遣要員たち。

 2021年10月1日より、擦り切れたわらじの一足を脱ぎ、日赤中東首席代表の専任することとなりました。これまで使ったノートは60冊以上、一緒に活動し成長していった現地のスタッフたち、中東・北アフリカの赤十字・赤新月社のスタッフとボランティアたちとコーヒーを飲みながら、仕事と課題を語り合った時間、汗と涙をかきながら会議やトレーニングの準備をした時間、そして、ボランティアと夢と使命を語った時間は計り知れません。

 2つの役割の両立という大変貴重な立場を経験し、最後まで、美しいアラビア語を話せるようにはなりませんでしたが、チームの成長とたすけあい、ネットワークの拡大、ボランティアの強い眼差しと思い、地域の人たちと子たちの笑顔と感謝が、何よりの心の支えであり、この6年間の成果です。IFRC MENAでの私の仕事は、次の世代へとそのバトンを渡すことになります。ますます中東・北アフリカ地域の保健医療が向上し、質の高い、適切な価格の保健医療サービスが誰でも受けられるようなることを願って、これからも日赤中東代表としてサポートしていきます。

 毎年12月に催される「NHK海外たすけあい」募金キャンペーンは、日本赤十字社の中東・北アフリカ地域医療保健事業にも充てられます。皆さまのご協力を、何卒お願い致します(詳細は下の案内をクリック)。

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