海外派遣の現場から ルワンダ共和国編

世界の現場で出会った人々とのふれあい、その土地でしか感じられない息づかい。日赤職員が見た、笑顔や驚き、そして心に残る瞬間をお届けします。

同じ国、まったく違う食卓

リポーター  鳥越 麻実 (とりごえ あさみ)さん

右がリポーターの鳥越麻実さん

ルワンダで貧しい農村を支援するため、首都キガリで半年ほど生活しました。感心したのは街の便利さです。カフェやレストランが多く、スーパーには肉や野菜も豊かに並びます。さらに「Vuba Vuba(ブーバ・ブーバ)*1」という、Uber Eatsのような宅配サービスまで! 韓国料理や中華料理、あらゆる国の料理が頼め、中でも日本人が経営するタイ料理店のパッタイはお気に入りでした。また、店で食べると出される料理の量が多く、食べきれなかった料理を持ち帰る、というフードロスを減らす工夫もありました。

キガリのカフェには特徴があります。コーヒーを買うことが女性の生計支援につながる店が多いのです。その中には、1994年のルワンダ虐殺*2で父親や夫などを失った女性たちの経済的自立を支援するため、ルワンダの名産品・コーヒー豆の生産者に女性を増やす取り組みが広がった背景があります。

一方、キガリから車で4〜5時間ほど走り、日赤がルワンダ赤十字社と連携して事業を行うギサガラ郡の農村へ向かうと、暮らしは一変します。舗装されていない山道を進んだ先の村には、食品が買える店はなく、ガスではなくて薪で調理。赤十字の支援によって少しずつ改善しているとはいえ、1日に食事を1回しか取れない人々がたくさん暮らしています。

料理実演のあと、母親や子どもたちがそろって食事
料理実演のあと、母親や子どもたちがそろって食事。栄養について学ぶとともに、参加者にとって貴重な1食となることも

日赤はこのような農村で、栄養状態の改善を目指した活動に取り組んでいます。その一つが、母親や5歳以下の子どもたちが参加する栄養教室。家庭菜園や農業指導とあわせて、食材からとれる栄養の学習があり、最後にはみんなで食事をします。実は、この食事を求めて参加する人も少なくありません。栄養について学ぶお母さんたちのそばで、子どもたちは食事の時間を今か今かと待っていました。そして、いざ食事が配られると、人々に笑顔が広がり、会場が温かい空気に包まれました。一生懸命食べている子どもたちの姿に、この食事が貴重な1食になっているかもしれないと感じ、キガリとの格差に複雑な思いを抱くとともに、この集会が継続して、地域全体の栄養状態が変わり、子どもの笑顔が増えることを願わずにいられませんでした。

*1 ルワンダ語で Vuba Vuba は「急いで」「素早く」といった意味
*2 虐殺で80万人以上が犠牲になり、50万人規模の未亡人が残されたと推計されている