「近衞忠煇氏 追悼」~国内外の貢献~

日本赤十字社・国際赤十字への貢献

故 近衞忠煇名誉社長の功績

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 ”近衞名誉社長はまさしく「人道の巨星」であられました。そのご逝去には、真に「巨星落つ」、の思いを禁じ得ません…( 日本赤十字社社長 清家篤)”

 

 

 

 

人物像と国際的な信望

近衞忠煇名誉社長は、生来明朗誠実であり、学識経験ともに優れ、その卓越した語学力と国内外の人脈や情報にも富み、各界の信望も極めて厚い方でした。その類稀なるリーダーシップと包容力のあふれる人柄は、万人から絶大な信頼を得ていました。

また、その活動は多くの国々から高く評価され、アジア地域出身者として初めて国際赤十字・赤新月社連盟(以下「IFRC」)の会長に選ばれ、2期(1期4年)を務めました。広島、長崎への原爆投下や大規模な自然災害など、幾多の困難な状況を乗り越えてきた日本人が連盟の会長として人道活動の先頭に立つことには、大きな意義がありました。

IFRC会長就任以降は、「人道の空白地帯を作らない」をモットーに、紛争や災害に直面する各国の首脳等との交渉を積極的に重ねるとともに、被災地に自ら足を運ぶなど、人道の精神を具現化するため長年にわたって全力を傾注しました。そして、国内のみならず、広く世界の平和と福祉の増進に貢献しました。

 

 

1.日本赤十字社社長としての功績

(1)東日本大震災における災害救護活動

平成23年3月に発生した東日本大震災においては、全国規模の救護活動を行うことを直ちに指示し、自らも福島・宮城・岩手の3県の被災地に赴きました。

これにより、全国から医療救護班(延べ894班【1班は6名体制】)、各地の赤十字病院から医師・看護師らの支援要員(延べ約695人)、全国の医療救護班および災害時に医療救護活動の拠点となる仮設診療所dERUチーム14チーム)を1道8県に派遣しました。

また、備蓄していた救援物資(毛布148,493枚、緊急セット38,437個、安眠セット15,406個)をただちに被災地で配布しました。あわせて、石巻市などの市町村から水、食料、食料品等の調達の依頼を受け、ただちに対応し、配布するなど、被災者への救護・支援を行いました。

特に、被災地が寒冷地であり、3月でも雪が降るなど、被災者には厳しい状況にあったことから、より早く毛布を配布するよう指示。その結果、震災発生から5日間で配布数の60%に相当する約88,000枚を配布するなど、迅速かつ的確な救護活動を行いました。

東日本大震災は、日本赤十字社の災害救護活動においても、これまでに経験したことのない6カ月にもおよぶ長期の活動でした。しかし、刻々と変わる被災者ニーズを的確にとらえて対応し、被災者の慢性疾患病の予防(保健指導、健康相談、高齢者ケア)などの看護ケアを実施しました。

さらに、高血圧や糖尿病など慢性疾患を持つ被災者へ、石巻赤十字病院で調合した薬を届ける移動薬局なども実施しました。

また、被災後1カ月が経っても上下水道が復旧していなかった石巻市の避難所9カ所に、石巻市水道局と協力して簡易水道を設置しました。加えて、家電メーカー各社に協力を要請し、仮設住宅入居者約13万世帯へ生活家電6点セット(洗濯機、冷蔵庫、テレビ、炊飯器、電子レンジ、電気ポット)を寄贈するなど、被災地域のニーズに対応しきれていなかった分野にも積極的に取り組みました。

(2)赤十字原子力災害情報センターの設置

福島第一原発事故発生時、日本赤十字社には、原子力災害発生時の活動における行動基準・安全基準が整備されておらず、原子力災害に関する十分な情報がありませんでした。

そのため、将来起こり得る原子力災害に備えた準備が必要でした。また、そのためには、活動の経験から得られた情報を対外的に発信していくことが重要であると考えました。

そこで、日本赤十字社の本社内に「赤十字原子力災害情報センター」を設置しました。原子力災害に際しての救護活動ガイドラインを作成し、救援者が被ばく地域に入る際の様々な留意事項等をデジタルアーカイブで公開しました。

また、被ばく地域での救援者側の活動内容(治療、検査、こころのケア、救援者の安全対策等)、日本赤十字社の救護活動から得た教訓等を世界に向けて発信しました。

国際的にも稀に見る災害となったことから、国際赤十字の代表を福島県に招聘して知見を共有しました。そして、将来の海外での事故にも備えられるよう、国際赤十字の原子力災害対応ガイドラインの策定を主導しました。

(3)熊本地震における災害救護活動

平成28年4月に発生した熊本地震においても、東日本大震災と同様に、直ちに本社災害対策本部を設置しました。そして、被災地、国等との連絡体制の構築を指示しました。

発生直後から速やかに、全国から医療救護班(延べ207班)、各地の赤十字病院から医師・看護師らの支援要員(延べ約300人)、仮設診療所dERUチーム3チーム)を派遣し、多くの医療機関が被害を受けた被災地の医療体制の機能維持を支援しました。

また、備蓄していた救援物資(毛布22,480枚、ブルーシート11,230枚、安眠セット7,551個)をただちに被災地で配布し、被災者への救護・支援につなげました。

また、東日本大震災の救護活動の経験から、被災地でどのような医療が必要とされているかを把握し、効率的・効果的な医療活動を実施するためには、各関係機関との連絡・調整を現地で行う専属チームが必要であると感じました。

そこで、「日赤災害医療コーディネートチーム」を新たに編成し、各支部に配置していました。これにより、熊本地震においては、同チームがいち早く各関係機関との連絡・調整を行いました。その結果、DMAT(国の災害派遣チーム)や医師会等の関係機関で活動エリアが分担され、効果的かつ効率的な医療救護活動の実施に大きく貢献しました。

(4)日本赤十字社の活動の基盤の強化

組織の根幹をなす社員制度の再構築、活動資金の確保や時代の変化に対応するため、平成29年4月に、日本赤十字社法制定後の社員制度の大きな改正として定款の改正を行いました。

具体的には、「社員」を「会員」へ改め、「協力会員」の規定を追加しました。これにより、時代に見合った、分かりやすく参加しやすい活動資金募集の仕組みへの見直しを図りました。

また、赤十字の組織の基盤となるボランティアが、これまで以上に主体的に業務に参加できるよう、平成28年7月に「赤十字ユース委員会」を新たに設け、社業にさまざまな意見を取り入れる仕組みづくりにも注力しました。

さらには、血液製剤の安全性・品質の向上、持続可能な事業運営を確立するため、各県の枠組みを超えた検査・製剤業務(血液事業)の集約化を図りました。具体的には、平成24年度から全国7ブロック単位で運営する広域事業運営体制を開始するなど、組織改革にも積極的に取り組みました。

 

 

2.国際赤十字・赤新月社連盟会長に関する功績

世界190か国(2017年当時)の赤十字社・赤新月社からなる連盟の選挙により、アジア地域出身者として初めて会長に選出されました。そして、2期8年の長きにわたり、自然・人為災害、保健衛生分野などの人道支援活動の先頭に立ち、その責務を果たしました。

(1)人道外交の実施

会長任期中に70カ国余りを訪問しました。そして、各国政府や国連機関に、常に脆弱な立場にある人々の利益のために行動し、かつ赤十字の基本原則や人道上の原則を完全に尊重するよう、積極的に働きかける「人道外交」を行いました。

例えば、「アラブの春」後のチュニジアやリビアなどでは、混乱した状況下において、赤新月社が政府の人道分野において果たしうる役割について、自ら当該政府を訪問して説明し、理解を求めました。

(2)エボラ出血熱に対応した医療活動

西アフリカのギニアで平成26年2月に感染者が発生したエボラ出血熱は、短期間で近隣のリベリア、シエラレオネ、ナイジェリアに感染が拡大しました。その致死率から、いち早く封じ込めを行わなければ、世界で多くの死者が発生する危機的状況でした。

ただちに連盟加盟の赤十字・赤新月社に対し、感染拡大予防と対策の緊急支援を要請しました。そして、WHOのほか、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)、欧州委員会(EU)、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)、国境なき医師団(MSF)、平和部隊などとともに、国際的支援の一翼を担いました。

特に、西アフリカの感染が顕著な国々において、赤十字のボランティアやスタッフが現地住民の感染管理に重要な役割を担いました。

(3)国際社会に向けた提言

① ボランティア憲章の制定

紛争や災害の現場で人道支援に携わるボランティア活動の世界的広まりや意義の高まりを受け、ボランティアの保護や権利を定めた憲章の制定に向けて尽力しました。

その集大成として、自身が議長を務める平成29年11月の最後の連盟総会において、国際組織として初となるボランティア憲章を採択しました。

② 核兵器廃絶のための取組

赤十字代表者会議(平成23年11月26日、ジュネーブ)において、核兵器の無差別性・非人道性への批判や、国際人道法の原則に従って核兵器の使用を禁止すべきであるとの考えのもと、「核兵器廃絶に向けての歩み」の採択に尽力しました。

これにより、国際的な核兵器禁止条約の交渉開始を大きく後押ししました。

 

 

3.日本赤十字学園理事長に関する功績

平成3年4月から平成17年3月までの14年間、学校法人日本赤十字学園(以下「学園」)の理事長として、学園運営の衝にあたりました。

その間、社会が求める看護師の高等教育化の一助として、看護大学5校(短大1校を含む)を新たに北海道、秋田県、愛知県、広島県、福岡県に設立しました。そして、わが国の医療、看護、介護を支える、質の高い知識と技術を持った人材の育成に力を尽くしました。

 

 

4.国の審議会(中央防災会議)や関係各省庁と連携強化に関する功績

平成17年6月から長きにわたり、中央防災会議の委員として、内閣総理大臣から任命を受けました。そして、災害救援活動の指定公共機関の長として積極的に意見を述べました。

さらに、今後発生が予想される首都直下地震や南海トラフ地震などの大規模地震への対策(首都直下地震対策大綱や南海トラフ地震防災対策推進基本計画等)や、近年頻発する大規模水害や火山噴火などの対策の決定、答申に尽力しました。

また、平成27年9月には、防災推進国民会議の議長に就任しました。そして、災害時の「自助・共助」の大切さを伝えること等を目的とした「防災推進国民大会」(平成28年、平成29年)や、津波防災対策を国民に普及啓発することを目的とした津波防災イベント(平成27年、平成29年)を開催しました。

あわせて、地区防災計画の作成等の地域の防災力向上に関する情報を、防災推進国民会議のネットワークを活用して広く国民に発信する等、国民の防災意識の向上に大きく寄与しました。

さらに、日本赤十字社社長として、平成24年10月に海上保安庁との間で、より実践的な訓練等を通じて更なる連携の強化を図りました。

平成26年3月には、気象庁との間で「防災教育の普及等の協力に関する協定」を締結しました。また、平成27年11月には、内閣府との間で「災害対策に関する内閣府と日本赤十字社との協定」を締結しました。これらを通じて、防災・減災対策の強化、災害時における初期対応の迅速化ができるよう、その対応に積極的に改善、対策を図りました。

 

 

5.叙勲の受賞等

こうした功績が認められ、平成30年4月に旭日大綬章、令和3年12月にアンリー・デュナン記章を受章されました。