釜石(岩手県):10代で被災した語り部たちのストーリー①

※JRC=Junior Red Cross:青少年赤十字

2011年3月11日に発生した東日本大震災から今年で15年。震災当時、生まれて間もなかった子たちが中学生や高校生になる歳月が流れました。今回は、日赤宮城県支部が他団体と協力して実施する「JRC オンライン語り部LIVE」に密着。当時の中高生が東日本大震災を生き延びた体験を、現在の中高生はどのように受け止めるのか。皆さんも「被災のリアリティ」を生徒たちと一緒に感じてください。

リポート①紺野さんの被災体験

多くの命が助かった釜石の避難行動 大切な3つのこと

この日、語り部として登場したのは、中学校1年生のときに岩手県釜石市で被災した紺野堅太(こんの けんた)さん。釜石市では、震災によって994人が亡くなり、152人が行方不明*1となりましたが、紺野さんが通っていた釜石東中学校と、隣接する鵜住居小学校にいた生徒ら約570人は、全員無事に避難することができました。海から200メートルしか離れていない場所にいながら、小中学生の迅速な状況判断と避難行動がもたらしたこの出来事は、国内外のメディアからも注目されることに。

しかし、当事者である紺野さんは、自分は命が助かった一方で、大切な人が犠牲になった悔しさから、美談で終わらせない、生き延びるためのメッセージを発信しています。

「地震が発生したとき、私は校舎の3階にある自分のクラスで放課後の部活に行く準備をしていました。そこへ、突然震度7の揺れが。野球部で足腰に自信があった私でも立っていられないほどの激しい揺れ。
私たちの中学校では、震災前から、津波を想定した避難訓練をしていました。『地震が起きたら、まずは高台に逃げる』。私たちは訓練通り、揺れが止むと教室から駆け出し、校庭に飛び出しました。ところが、校庭には私たち以外に生徒がおらず、一瞬パニックに。でも気がつきました。教室の下の階の2年生、3年生は、すでに避難路を走って逃げていたのですこれが“津波てんでんこ*2

大きな地震が来たら、一人で高台に逃げろ、という釜石に古くから伝わる教えです。我に返り、頭に入っていた第一の指定避難場所に向かいました。けれども、この第一避難場所で、想定外のことが。第一避難場所の裏山で土砂崩れが起きていました。
「過去の地震でも崩れたことがない」という近隣住民の話に、自分たち中学生も「危ないのではないか。もっと高台に避難したい」と先生に直訴。そこから小学生と一緒に第二避難場所へ。そしてそこで、初めて津波を見ました。先程までいた学校や町が黒い波にのみ込まれていたのです。先生の呼びかけで我に返り、一度も訓練で行ったことがない第三避難場所へと移動。

途中、私は足が悪い小学生の女の子を背負って逃げました。日頃の訓練でも、負傷者をリヤカーに乗せたり、小学生の手を握って一緒に走ったりという避難行動を練習していました。徹底した避難訓練のおかげで迷いなく逃げ続けた、これが、私たちが助かった理由です。

大切なことを3つ、整理します。1つ目、日頃からハザードマップを知っておくこと。2つ目、徹底した避難訓練。3つ目が、“津波てんでんこ”。

しかし、この3つを守っても、実際の災害時は、想定外のことやトラブルが発生します。私たちの町でも、当初の想定を大幅に超える区域にまで津波が到達しました。高台の指定避難場所に逃げ込みながらも、街がどんどん津波にのまれていく様子を見て、さらに上へ上へと避難したことが、多くの命が助かる結果につながりました。ハザードマップを頭に入れていても、ハザードマップを信じすぎない。このことも、重要なポイントです。

私は、逃げながら、町が黒い波にのみ込まれ、車が走るような速さで家々が流されるのを目撃し、もう自分も助からない、家族とももう会えない、という絶望が頭に浮かんだのを覚えています。それでも、助かることができました。命があれば、家族と会えます。それを信じて、逃げましょう。備蓄をする、防災のためのいろいろな準備をする、そういうことも大事な備えではありますが、命を守るために、この3つの行動を、大切な人に伝えてください」

*1 令和7年3月10日付、総務省消防庁災害対策本部資料より

*2 「それぞれに」を意味する言葉「てんでん」に、東北地方の方言語尾「こ」がついたもの

LIVEに参加してみて

語り部
LIVE

参加者の声

半𥔎 結衣さん

恵那市立明智中学校3年生

半𥔎 結衣 (はんざき ゆい) さん

命を守る行動を家族にも共有して避難場所をもう一度確認したい

この地域のハザードマップでは、坂の下にある小学校の体育館が避難場所なのですが、今日の話を聞きながら「土砂崩れが起こったときには危険なのかな?」と心配になりました。「命があれば会える」という紺野さんの言葉から、会えることを信じて、同じ中学に通う妹や家族と避難の計画を話したいと思います。東日本大震災について何となくは知っていたけれど、語り部ライブで、体験された方の話や当時の映像を見せてもらい、あの災害を詳しく知ることができてよかったです。

伊藤 成人さん

恵那市立明智中学校3年生

伊藤 成人 (いとう なると) さん

防災士の資格を持っていたけれど、改めて防災学習の大切さを実感

僕の姉が防災士で、家族全員の防災意識が高く、僕も防災士の資格を取得しました。東日本大震災のことは親から聞いていましたが、僕たちの地域には津波の心配はなく、その脅威の実感が湧きませんでした。でも、今日の語り部ライブで映像を初めて見て、びっくり。紺野さんは、避難訓練をしていても訓練通りにはいかなかったと話されましたが、それでも率先避難という命を守る行動ができたのは、その意識が備わっていたからだと思うので、やはり防災学習は大切だと感じました。

小木曽 みこさん

恵那市立明智中学校3年生

小木曽 みこ (こぎそ みこ) さん

被害にあわれた方の生の声 「想定外」を考えておきたい

津波の映像はテレビで見たことがありました。でも、実際に被害にあわれた方の話を聞くのは、めったにない経験です。想定していないことが急に起こった時にどうすればいいか、どんな気持ちで行動したのか、そういうお話を聞けたことは、貴重な機会だったと思います。私の家では、その日学校であったことを家族とよく話しますが、今回のお話も家族と話したいと思います。どういう時に災害が起きるか分からないので、各自が安全を第一に考えて、どのように逃げるか、どう連絡を取りあうか、確認したいと思います。

梶山 真理先生

恵那市立明智中学校

梶山 真理 (かじやま まり) さん

子どもたちの防災意識を高める防災教育の機会を大切に

明智中学校は毎年、語り部ライブに参加し、防災学習も年に数回実施しているので、生徒たちの防災意識が育っているのを感じます。他の学校では、年に1回程度の防災学習で感想を聞くと「自分も気を付ける」といった曖昧な声が多かったですが、この学校の生徒は「家に帰っておじいちゃん・おばあちゃんに伝えたい」と、自分以外の人も助かる方法を自然と考える。これは繰り返しの防災学習の成果だと。あの震災をほとんど知らない子が多くなっていくので、こういった機会を増やしていくのが大切だと思います。

自分は災害時の“ダメ”なお手本」 非常時の状況判断の難しさを伝える

LIVE

語り部:阿部 任(あべ じん)さん
宮城県在住

宮城県石巻市で震災を経験した阿部さん。震災当時、高校1年生で、地震が起きたときは実家で祖母と2人。津波の警報が出ても裏山へ避難せず、その結果、家ごと津波に流され、9日後に救出。“奇跡の救出”と報じられましたが「自分が判断を誤ったせいで、迷惑をかけてしまった…」と後悔を残した阿部さん。語り部として、命を守る行動の大切さを伝えます。

語り部
LIVE

担当者の声
(日赤宮城県支部)

鈴木 和さん

日本赤十字社宮城県支部事業推進課

鈴木 和 (すずき やわら) さん

宮城県支部担当者の声

JRCオンライン語り部LIVEは、東日本大震災の記憶と教訓を未来につなぐため、震災から10年を迎えた2021年から、語り部の皆さんの「災害から自分の命を守り、家族などまわりの人の命を守ってほしい」という大切な思いを全国の子どもたちに届けています。

このプログラムは、LIVE配信だからこそ知ること感じることがたくさんあり、命の大切さについて深い学びがあります。
参加した子どもたちからは、「命をもっと大切にしたい」、「家族や友達と過ごす時間を大切にしていきたい」、「家族で話し合って災害が起きたときの準備を進めたい」といった感想が寄せられ、命を大切にする実際の行動にもつながっていると感じます。
今後も一人でも多くの子どもたちに、語り部の皆さんの大切な思いを届けていきたい。そして、語り部LIVEに参加した子どもたちが災害を乗り越える力を身に付け、災害発生時にまずは自分やまわりの人の命を守る行動をとることを担当として願っています。

JRCオンライン語り部LIVEの開催案内については、日赤宮城県支部のWEBサイトから確認いただけますので、宮城県内の学校、そして、全国のJRC加盟校からの参加を心からお待ちしています。

※2025年度の語り部LIVEは終了しました。次回の開催は2026年秋頃に支部WEBサイトでご案内します

コラム

「語り部LIVE」とは

「3.11 メモリアルネットワーク」と日赤宮城県支部がタッグを組んで、被災を経験した語り部たちの生の声を全国のJRC加盟校の児童・生徒たちに向けて発信する取り組み。語り部の体験談を通して、児童・生徒たちが災害は自分にも起こりうることだと「気づき」、どう行動するべきか「考え」、備えを「実行する」ための機会として、2021年から続いている。語り部には、震災によって我が子を亡くした親、原発事故によって住み慣れた町から離れなければならなかった中学生など、さまざまな状況下で3.11を体験した宮城、岩手、福島の被災者が名を連ね、命を守る行動と備えの大切さを参加者と共に考える時間を提供している。