武田真一アナウンサー スペシャルインタビュー

今考える、災害報道の役割と 備えの大切さ

武田 真一(たけた しんいち)さん
1967年熊本県生まれ。1990年にNHKに入局し、『NHKニュース7』、『クローズアップ現代+』など、看板番組のメインキャスターを長年務める。今年2月に同局を退社し、フリーアナウンサーへ転身。現在は日本テレビ系・朝の情報番組「DayDay.」のメインキャスターとして活躍中

アナウンサーとして、阪神淡路大震災や東日本大震災、熊本地震など、これまで数々の災害報道に関わってきた武田さん。大規模災害を経て、今改めて考える、命を守るための災害報道の役割と在り方、そして、平時からの備えの大切さについて、お話を伺いました。

「未曽有の災害、
その危機感を果たして
伝えられていただろうか…」
東日本大震災で感じた無力感


 これまで報道の現場で経験してきた災害は、すべて心に刻まれています。その中でも大きな衝撃を受けたのは、やはり東日本大震災です。あらゆる局面で、“想定外”という言葉が使われたかと思いますが、災害報道に関わってきた私たちにとっても、これまでの常識が通用しない未曽有の事態でした。それまでも、被害を最小限に食い止めるための報道について考え、備えてきたつもりでしたが、そのマニュアルが通用しなかった。「私たちはこれまで何をやってきたんだ…」という無力感を感じました。

 そして、それと同時に、自責の念も襲ってきました。あれほどの大きな地震と津波の被害は、誰しも想像し得なかったことかもしれません。しかし、私自身は2004年のスマトラ島沖地震(推定M.9.0)の際、インド洋沿岸を襲った津波の被害をニュースで伝えていましたし、特番のナレーションなど、さまざまな形で携わって、その怖さを知っていたはずなんです。それでも「日本で同じ規模の災害が起きたら、どう呼びかければいいのか」というマインドセットができていなかった…。世間の皆さんは、NHKのアナウンサーというと、“正確に、どんなことがあっても冷静に伝える”というイメージがあると思うんですね。私自身も、それでいいと思っていました。でも、「果たしてそうなのだろうか?」と。その後、災害報道のマニュアル改定に携わり、そのとき起きている災害のリアリティーや危機感を声色であったり、言葉の強さであったりで伝えることを重視してマニュアルを修正しました。私も伝え方として、「自分は大丈夫だろう」という思い込みを打ち破って、見ている人が「大変だ! 逃げなきゃ!」と、椅子から立ち上がって行動を起こす、人々が自分の身を守るアクションへとつながる呼びかけを意識するようになりました。

「情報で命を守ることはできる」
災害報道が、
身を守る行動を起こすための
『トリガー(引き金)』になるために

 これだけ災害の多い日本において、今考える災害報道の役割は、二つあると思っています。一つは、災害が発生したときに、リアルタイムで命を守るための情報を報道すること。地震であれば、震度や津波の予測、台風であればその進路と勢力を伝えて、どう対処すればいいのかを伝える。そして、二つ目は、普段の皆さんの備えを高めるためのお手伝いをすることです。どちらかというと、これまでは前者に重きを置いてやってきたのですが、今すごく必要だなと思っているのは、実は後者です。ハザードマップを見て自分の住む地域のことを知ること。災害が起きたときに、どういうタイミングで行動して、どこに避難すべきか、その避難所までは何分かかるかという“マイタイムライン”を作ること。そういった備えに必要なことや、有益な情報の集め方を伝えて、災害対応力を高めるためのお手伝いをする役目も担っていると思います。そして、その備えがあった上で、実際に災害が起きてしまったとき、報道が身を守る行動に移すための“トリガー(引き金)”になるように、情報を発信する。災害報道にとって、“情報で命を守る”ということが最大の目標です。普段の備えと、行動に導くための的確な報道があれば、それが実現できると信じています。

「フェーズフリー」という考え方

 私自身の備えはというと、水や簡易トイレなど、災害が起きて数週間はしのげるくらいの防災セットを用意して、定期的に見直したり、倒れて危険な高い家具は極力置かずに、心配なものは固定したりといった、最低限のことでしょうか。でも、備えようと思えばキリがないし、普段必要のないものを置くスペースもないという人も多くいると思います。それで、最近注目しているのが、「フェーズフリー」という新しい考え方です。平時と災害時でフェーズを分けるのではなく、普段使っているものがそもそも災害に強いものであったり、緊急時には別の用途にも活用できるなど、プロダクトや施設、サービスで身の回りを満たしておこうという考え方です。例えば、紙コップ。分量の目盛りを兼ねたストライプの模様をつけておけば、平時は単なるデザインの一部でも、災害時は避難所での調理や赤ちゃんのミルクを作るための計量カップになるというわけです。個々の備えももちろん大事ですが、国、地域、企業と、社会全体が日常からいかに災害を想定しておくかが、これからの課題だと思っています。

「1人でも多くの方を救えるように」
ではなく、目指すべきは
「1人も命を失わせない」備え

 日赤の防災・減災の普及、啓発活動も、「災害報道で命を救いたい」という、私たちの思いに通じるように思います。自分の身を守ることだけでなく、被災して困難な局面にいる人々を救いたい、さらには、健康などさまざまな面で不安を抱えている人のお手伝いをしたいという思いが、その活動から感じられます。私と妻は熊本の出身ですが、2016年の地震の直後、熊本で暮らす私たち夫婦の高齢の親を支えてくれたのは近所の方々でした。災害時、高齢者1人では身を守れない。地域のつながりを大切にし、地域の総合的な防災力の向上を目指す、防災啓発の考え方には共感ができます。
 東日本大震災まで私は「1人でも多くの人を報道で救う」と思ってやってきましたが、あれほどの被害を目の当たりにして「1人でも多く」とか「被害に遭われる方を減らす」という考え方では駄目だと考えるようになりました。何よりもまず「1人も命を失わせない」という強い決意で、今までのシステムを徹底的に見直して変える。プリンシプル(原理・原則)を掲げて、そこからバックキャスティング*していく。皆が備えることが大切ですが、備えられない人は命が守られなくても仕方がないなんてことはないのだから、社会として「1人も命を失わせない」を考えていく必要がある。赤十字NEWSの読者の皆さんには「どうしたら、1人も命を失わせない社会を実現できるか、一緒に考えていきませんか」と呼び掛けたいですね。「誰の命も失わせない」という社会全体の合意が重要だと思うのです。

*未来や目標を起点にし、逆算して解決策を考える思考法

ゲーム体験をしていただきました!

「フリーとなって、今だからできる形で被災地に寄り添い、私なりの防災・減災活動を続けていきたい」と語る武田さんに、赤十字防災セミナーの新カリキュラム「ひなんじょ たいけん」を体験していただきました!
「さまざまな家族構成や健康状態の避難者を想定して考えられ、いいシミュレーションになりますね」と、武田さん。

※日赤の防災啓発の取り組み、「赤十字防災セミナー」についてはこちら