もしも、認知症の方と、街で出会ったら... <6月14日は認知症予防の日>

認知症が原因で行方不明となる方は、年間で1万7565人※。誰もが日常で、困っている認知症の方と遭遇する可能性があります。そのような場合でもむやみに恐れずに、 「命を守る・困っている人を助ける」ために大切なのは、日頃から認知症についての知識と対処法を知っておくこと。理解を高めるためのポイントを紹介します。
(※2021年発表、警察庁集計より)


<こんなケースは認知症かも?>

●失行・失認・失語
普段の何気ない行動が意識するとできなくなります。財布を出してお金を払ったり、箸やスプーンの使い方がわからなくなることも

●暴力・暴言・サポート拒否
考えの通りにならないことへの不満や、介護者からの命令や制止への対抗から暴言をはいたり介護やサポートを拒否することがあります

●せん妄(錯乱・幻覚)
意識障害が起こり頭が錯乱した状態です。幻覚を見たり、興奮して大声を出す場合も。夜になると出る「夜間せん妄」もあります


【認知症とは――】
認知症は、脳の病気や障害などさまざまな原因により、認知機能が低下し、日常生活全般に支障が出てくる状態をいいます。仕事や生活で普段やっていたことができなくなる、慣れた道で迷う、話が通じなくなる、憂うつ・不安になる、気力がなくなる、妄想があるなどのサインに注意が必要です。

他人事ではない「認知症」、地域との共生で自立の道も

日本赤十字社
健康生活支援講習指導員 
佐藤和美参事

985_04.png 認知症になると何もかもわからなくなってしまう。そんな先入観をお持ちではないでしょうか。しかし認知症になっても「感情」は残ります。「失敗したくない」「恥をかきたくない」という気持ちは健常者と同じ。接する際には相手の自尊心(プライド)を傷つけないように心掛けたいものです。

 道端で呆然(ぼうぜん)としている方を見掛けても、ジロジロ見るのは禁物です。まずは本人や他の人に気づかれないように一定の距離を保ち、さりげなく見守りましょう。交通量が多いなど危険そうな場所であれば「何かお困りですか」とお声掛けしてもいいかもしれません。その際はできるだけ1人で、相手に目線を合わせてゆっくりと話し掛けてください。最初は「大丈夫です」と拒絶する場合でも、実際は困っていることも。離れて見守り、困った様子が見られたら、もう一度トライしてみてください。

 認知症は特別なものではなく、誰にでも訪れる可能性があります。そして認知症になっても何もできなくなるわけではなく、残された力を生かし、地域と共生することで自立されている方はたくさんいます。
 高齢化が進んだ現代では、認知症を地域全体のことと捉えた取り組みが広がっています。認知症の方やその家族が安心して暮らしていける地域づくりのためには、子どもから大人、高齢者も含めて1人でも多くの住民が認知症を正しく理解することが何よりも大切です。

 日赤の各県支部では、高齢者介護の技術や認知症の知識を習得できる「健康生活支援講習」を実施しています。認知症の方を理解し、サポートするために、ぜひお役立てください。


●日赤が開催する「健康生活支援講習
 高齢期を健やかに生きるために必要な健康増進の知識や、高齢者の支援・自立に向けた役立つ介護技術を習得できる講習です。この講習は一般の方(団体)のご要望に応じて、お近くの会場で開催することも可能です。
 詳しくはお住まいの地域の日赤支部にお問い合わせください。

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認知症だからと行動制限せず、環境を整える発想の転換を

成田赤十字病院
認知症看護認定看護師 
佐々木香係長

985_05_2.png 認知症の方が病院に運ばれてくる最も多い原因が、転倒による骨折です。高齢による足腰の筋力の低下に加えて、認知症の方は空間を把握する機能が低下していたり、視野が狭くなっていたりすることもあるため、周囲に注意を払うのが苦手になります。

 事故が起こるのは家の中がほとんどですが、屋外では側溝に落ちたり、駐輪場の輪止めにつまずくなど、環境によって引き起こされる事故が多いようです。

 認知症の方には「迷子になるから家にいてほしい」「けがをするから動き回らないでほしい」と考えがちです。しかし運動機能に問題がない方は、ADL(日常生活動作)を落とさないためにむしろどんどん動いてもらうこと。そのために「環境を整える」という発想が大切です。

 成田赤十字病院では認知症の方に安全に院内を動いていただける環境づくりをしています。たとえば高齢者のベッドにはバランスを崩さず立ち上がるための手すりを付けたり、転んでもけがをしないようにベッドサイドに緩衝マットを敷くなどしています。入院中に筋力や機能を低下させず、自立を維持するための配慮です。日赤の各病院には認知症看護の研修(※)を受けた看護師がおり、それぞれの病院で工夫されていると思います。

 空間認知の機能が低下しても、アクセスがわかれば「1人でトイレに行き、1人でベッドに帰ってくる」ことはできます。認知症の症状は人それぞれですが、介護者がその人に合わせた「できること探し」をして、自分でできることは自分でしてもらう。それが現代の認知症介護のあり方です。

認知症の患者のベッドには開閉式手すりと緩衝マットを用意 成田赤十字病院では、認知症の方のベッド脇に開閉できる手すりと足元に緩衝マットを設置して安全面を強化している

認知症の入院患者のために患者のテレビにも一工夫 認知症になると日時や場所、季節など(見当識)の認識が乏しくなる。それらを実感していただくことは認知症のケアに有効。同院では看護師が入院患者のテレビモニターにカレンダーを表示し、ケアの際に「今日は〇月〇日だね」と声を掛ける


●日赤の実施した「※認知症看護実践力向上研修会」

 2016年から2019年にかけて、全国91の赤十字病院から看護師1240人を集めて実施された当研修では、認知症患者を理解し、症状に応じて適切な医療や看護を提供するために必要なスキルを持った看護師を育成しました。認知症認定看護師の資格取得はハードルが高く、資格を有する看護師は全国でもまだ数少ないものの、この研修を通して知識と技術を高めた看護師が、全国の赤十字病院で認知症患者やその家族の支援に尽力しています。

不安と混乱、
苛立(いらだ)ちが積もって…
~山崎さんご夫妻の場合~

ホーム入居の前日、自宅で記念撮影した山崎さんご夫婦

【認知症コラム】
 山崎清さん(84歳)は、認知症の妻・和子さんを自宅で介護していました。しかし、認知症が進行するにつれ、和子さんは清さんが眠った深夜に家を抜け出し、徘徊(はいかい)してケガをするように。
「お父さんが、おらん」……隣に寝ている夫を認識できず、夫を探すために徘徊する和子さん。清さんは自宅での介護を断念し、特別養護老人ホーム「やすらぎの郷」に和子さんを預けました。

 毎日、面会する中で、清さんは気づいたことがあります。「妻が穏やかになりました。家にいた時は怒ったり乱暴になったりすることもあったのですが」。認知症のせいで優しく朗らかだった和子さんの性格が変わってしまった、と清さんは感じていましたが、和子さんは認知機能の低下により不安と苛立ちを抱えていたようです。

 周囲が認知症の特性を理解し、余裕を持って接することで、本人の不安を減らすことができます。