地域を支え、人をつなぐ―IFRCアジア・大洋州地域事務所での経験から
国際赤十字・赤新月社連盟(以下、IFRC)のアジア・大洋州地域事務所(以下、APRO: Asia Pacific Regional Office)は、アジア・大洋州地域の38の赤十字・赤新月社を支援する地域拠点です。災害や感染症への対応、公衆衛生などについて、各国赤十字・赤新月社(以下、各社)が地域のニーズに応じた活動を展開できるように、技術的な助言や調整を行っています。
2025年7月からの1年間、APRO保健衛生チームにトレーニーとして派遣され、感染症対策や救急法の普及などに携わった、成田赤十字病院の神作看護師からのレポートをご紹介します。
地域全体を見渡し、感染症への備えを支える
APRO保健衛生チームでは、アジア・大洋州地域の感染症の発生状況を収集・分析し、技術支援や調整を行っています。
私は、地域内の感染症アウトブレイクのモニタリングを担当し、WHOや各国保健省などから情報を収集・整理し、関係者へ共有、状況に応じて各社の担当者へ直接連絡を取り、現地の対応状況や追加支援の必要性について確認しました。こうした情報は、災害救援緊急基金(DREF)の活用や技術支援を検討する際の基礎資料となります。2026年3月、バングラデシュで麻疹の感染が拡大し、DREFが発出された際、このモニタリングが初期の状況把握に活用されました。日々の情報収集は目立たない仕事ですが、緊急時に迅速な支援につなげるため、平時からの情報収集と分析が重要な役割を果たします。
国境を越えて広がる救急法
派遣期間中には、IFRCが初めて開催するイベント「救急法ワールドカップ」のアジア・大洋州地域予選会が実施されました。このイベントは、各社の若手職員やボランティアが、救急法の技術や普及活動のアイデアを発表し、互いに学び合う国際的なオンラインイベントです。当日はネットワーク障害や災害対応による棄権などの予期せぬ出来事もありましたが、12の赤十字・赤新月社から21チームが参加し、地域予選会を無事に終えることができました。
参加者からは、「審査員のフィードバックが今後の活動の励みになった」「チームで準備を重ねた経験が、若いボランティアのモチベーション向上や自信につながった」といった声が寄せられました。また、審査員として参加した外部機関の方からは、「今後もぜひ各社の活動に協力したい」との声も上がり、新たな連携が生まれるきっかけにもなりました。
このイベントを通じて、各社が行う救急法の普及活動が、単に知識や技術を伝えるだけでなく、地域の対応力を高め、その担い手として多くの若い世代が活躍していることを改めて実感しました。
救急法ワールドカップアジア・大洋州地域予選会
現場に寄り添いながら仕組みをつくる
APROでの業務に加え、アジア・大洋州地域内のいくつかの国へ出張する機会がありました。
バングラデシュでは、コックスバザールにある避難民キャンプ内で運営されているフィールドホスピタルを訪問し、感染予防と管理に関するマニュアルの作成支援に携わりました。
このフィールドホスピタルは、ミャンマーのラカイン州からバングラデシュに避難民が大量に流入した2017年に運営が開始されましたが、これまで施設独自のマニュアルは整備されていませんでした。限られた人員で、診療に加えて滅菌や物品管理、施設管理といった幅広い業務を担うなど、避難民キャンプならではの課題が数多くありました。また、医療廃棄物の管理や個人用防護具の使用、患者の動線管理などは、施設の構造や設備の制約を考慮しながら運用する必要がありました。
感染対策の基本は世界共通です。しかし、限られた資源の中でそれをどのように実践するかは、地域によって異なります。そのため技術支援では理想的な手順を一方的に示すのではなく、現場で働く職員とともに考え、「現場で実践できる仕組み」をつくり、運用していくことが大切です。
フィールドホスピタル
バングラデシュ赤新月社のスタッフと協議する神作要員(左)
地域を支えるのは、人と人とのつながり
今回の派遣では、業務を通じて各社の多くの職員やボランティアの方々と出会いました。休日も感染症予防活動を続けるボランティア、救急法の普及に力を注ぐ若い指導員や学生ボランティア、厳しい環境の中でも住民に寄り添い続ける医療スタッフ。活動する場所や役割はそれぞれ異なりますが、「地域の人びとのために力になりたい」という思いは共通しています。
私がAPROで携わった業務は、感染症対策や救急法、心理社会的支援(こころのケア)など多岐にわたります。しかし、そのすべては「人びとの健康といのちを守る」という共通の目的につながっています。APROの役割は、各社の活動を支え、必要な技術や資源を現場へとつなぎ、人と人とのつながりを生み出していくことです。
一方で、APROは現場から物理的な距離があるため、日々の調整業務が地域の人びとの暮らしにどのように反映されているのかを実感する機会は多くありません。しかし、今回、各国への出張を通じて、普段行っている業務が各地でどのように生かされているのかを自分の目で見ることができました。現場を知ったことで、業務の意味をより深く理解し、その後の支援を考える視点や仕事への向き合い方が大きく変わりました。
気候変動や感染症、人口移動など、人道上の課題は国境を越えて複雑化しています。そのような時代だからこそ、地域で活動する人びとを支え、互いに学び合いながらより良い支援を築いていくことが、赤十字の重要な役割であると感じています。
バングラデシュ避難民事業にかかわる職員たち(写真中央が神作要員)