【戦後80年を迎えて】核兵器廃絶をめぐる赤十字の取り組み
今日からちょうど80年前の1945年8月6日、広島に人類史上初の原子爆弾が実戦投下されました。その3日後の8月9日には長崎にも投下されました。原爆投下による死者数は1945年末までに広島で推定約14万人、長崎で約7.4万人といわれています。その後も放射線のもたらす影響で多くの人が命を落とし、後遺症に苦しんでいます。
原爆投下直後から多くの赤十字の医療従事者等が自身の危険と恐怖と闘いながら被爆地で救護活動を行った経験から、そして国際人道法の観点[1]から、赤十字は1945年以来一貫して核兵器の廃絶を訴えています。赤十字は国連において、総会をはじめとした会議にオブザーバー資格を有し、核兵器禁止条約発効後も締約国会議等に出席して、純粋に人道的見地に則って発言・提言を行っています。
戦後80年を迎えた本日、改めて核兵器の非人道性について考えるとともに、赤十字の核兵器廃絶をめぐるこれまでの活動をご紹介します。
[1] 国際人道法では、直接戦闘に参加しない文民や民用物を保護することが求められています。国際司法裁判所(ICJ)は、核兵器の使用と威嚇は国際人道法や人道に関する諸原則、法規一般に反するとの勧告的意見を示しており、赤十字の国際会議でもこの見解は繰り返し確認されています。
日本赤十字社社長と赤十字国際委員会(ICRC)総裁が共同声明を発出
令和5(2023)年に来日したICRCスポリアリッチ総裁と日赤清家社長
被爆80年となる今年、残念ながら核軍縮は進んでいません。こうした現状を踏まえ、日本赤十字社(日赤)社長と赤十字国際委員会(ICRC)総裁は共同声明を発出することとしました。共同声明文の中では、原爆死没者慰霊碑に刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」の碑文を引用したうえで、80年前の原爆投下後の広島、長崎の惨劇を繰り返さぬよう、そして決して忘れないよう、国際社会に強く訴えています。本文は以下リンク先からご覧いただけます。
平和や核兵器をめぐる意識・行動について日赤が調査
戦後80年を迎える2025年、平和や核兵器をめぐる意識・行動について、日赤は全国の10代~60代以上の男女、合計1200名を対象に調査を実施しました。
今回の調査結果では、広島・長崎に原爆が投下されたり、第二次世界大戦が終戦したりした月日について、いずれも2割以上は知らないことが明らかになりました。全体の8割以上が戦争体験を将来に伝えることが大切だと考えている一方で、体験を直接聞いたことがある人は2人に1人の割合であることも判明し、当時を知る人々の高齢化に伴う影響も見え隠れする結果となりました。




核兵器廃絶については65%以上の人びとが関心をもっていること、核兵器のリスクについて多くの人びとが認識し、保有も使用もすべきではないと考えていることが見て取れる一方で、核兵器保有のメリットを支持する人も一定数いることがわかりました。


また、赤十字のルーツにも深くかかわりのある国際人道法の認知はまだまだ低く、さらなる普及が必要なことが明らかとなりました。戦闘行為に関わらない民間人を守り、また武力紛争下であっても不可欠な人道支援を行う赤十字が安全に活動を展開するために国際人道法の理解・普及は必要です。

日赤としては、世界の紛争地域での人道支援活動を続けることはもとより、今回の調査結果を踏まえて、赤十字の過去の経験や、国際人道法に照らした核兵器廃絶の必要性などを改めて訴えていくなど、各種啓発活動にも取り組んでまいります。
※調査結果はいずれも2025年日本赤十字社調べ
アメリカ赤十字社国際人道法上級法務官が広島に
令和7(2025)年4月、アメリカ赤十字社国際人道法上級法務官のハーパー氏が広島を訪れました。同氏は国際人道法のスペシャリストとして、アメリカ赤十字社のユース向けプログラム「国際人道法ユースアクションキャンペーン」をけん引しており、令和5(2023)年は同プログラムのテーマを「武力紛争と核兵器」に設定、アメリカのユースとともに核兵器の非人道性について議論を重ねてきました。日本赤十字社は、このキャンペーンに協働し、オンラインで日米のユースが核兵器について意見交換したり、長崎で被爆した日赤長崎原爆病院名誉院長の朝長万左男医師から特別講義を受講する機会を設けたり、核兵器禁止条約の第2回締約国会議に一緒に参加したりしてきました。
今回の広島訪問では、被爆証言を聞き、平和資料館を訪問し、広島赤十字・原爆病院の院長と意見交換するなど、被爆の実相について学ぶとともに、アメリカ赤十字社のユースが「武力紛争と核兵器」というテーマにどのように取り組んできたかをメディアおよび一般向けに報告しました。
ハーパー氏は報告会の中で、「プログラムに参加したユースの多くは被爆の実相やリスクについてほとんど学校で学んでこなかったが、今回、赤十字の7原則に基づいたプログラムを通して核兵器について学んだことで、10代~20代約1,500人の参加者の理解を深め、米国民45,000人以上への普及につながった」、「インスピレーションを受けた一人ひとりが、世界を変えることができます。そのために知識を持つことが第一歩」と教育の重要性を強調しました。
(写真:広島赤十字・原爆病院メモリアルパークを訪れたハーパー氏)
アメリカ赤十字社のユースがどのように取り組んできたか報告するハーパー氏
「ヒロシマの恩人」マルセル・ジュノー元ICRC駐日代表に関する国際教育コンテンツを筑波大学が制作
令和7(2025)年6月、ヒロシマの恩人と呼ばれるマルセル・ジュノー元ICRC駐日代表に広島名誉市民賞が授与されました。長崎に原爆が投下された80年前の1945年8月9日、ジュノー氏はICRC駐日代表として着任。広島の惨状を耳にし、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)への交渉を経て医薬品を現地へ送る際に、自身も広島入りしました。医師でもあったジュノー氏は、被害調査と被爆者治療に従事しました。持ち込んだ医薬品は1万人以上の命を救ったといわれています。
(写真:マルセル・ジュノー元ICRC駐日代表 ©ICRC)
今般、筑波大学は、オンラインの国際教育プラットフォームであるJV-Campus用に、ジュノー氏に焦点を当てたコンテンツを制作しました。その功績や当時の広島の様子、核兵器廃絶に向けた赤十字の役割をアニメや動画を用いて“講義”することで、国際的に活躍できるグローバル人材の育成に役立つ教材となっています。ご関心のある方はこちらからご確認ください。
※「ヒロシマ被爆の実相 惨禍でのジャーナリストとアメリカ ~マルセル・ジュノー(1904-1961)~レクチャー前編/後編」、「NHKワールドJAPANアニメ「ジュノー」」の3つのパートに分かれており、視聴は無料です。アニメおよびレクチャー後編の視聴には受講登録が必要です。JV-Campusは、文部科学省のスーパーグローバル大学創成支援事業の一環で、オール・ジャパンで進める新たなオンラインの国際教育プラットフォームです。
赤十字のこれから
国際赤十字・赤新月運動は、2022年の国際赤十字・赤新月運動代表者会議(於ジュネーブ)にて「核兵器の廃絶に向けて:2022~2027 年行動計画」という決議を採択しました。本決議では以下の4つを目標としています。
- すべての国が核兵器禁止条約、核兵器不拡散条約(NPT)、包括的核実験禁止条約、および該当する場合は非核地帯の確立に関する地域条約を順守し、これらを全面的に実施するよう推進する。
- 核兵器が使用された場合に予想される、性別に基づく影響を含めた途方もない人間の苦痛や、犠牲者のニーズに応えるための十分な人道的対応能力が存在しないことについての意識啓発を強化する。
- 核兵器の使用リスクは高く、かつ拡大し続けていることについての意識啓発を行い、 そのリスクを減らし、核兵器が再び使用されることがないよう、最終的な核兵器廃絶に向けて取り組むためにすべての国が取るべき具体的な措置を推進する。
- 特に若い人々の間で、過去の原爆の生存者(被爆者)や核実験の生存者の経験や、核兵器の使用が人道、環境、開発に及ぼす影響に関する理解を深めることにより、核兵器が再び使用されず、完全に廃絶されることを保証するための取り組みが将来の世代に受け継がれるようにする。
戦後80年という節目を迎えたこの機に、使命が次世代に確かなものとして受け継がれるように、赤十字は、世界191の国と地域にまたがる国際的なネットワークを生かし、これまで同様これからも核兵器のない世界の実現に向けて貢献してまいります。