緊急時のテント型野外病院(病院ERU)、全展開訓練を実施
「病院ERU(Emergency Response Unit)」とは、海外での大規模災害時に緊急派遣される赤十字の野外病院です。外来診療や手術室、各種入院病棟、リハビリ室などの各病院機能を持ち、また被災地に負担をかけずに自己完結できるよう、電力や給水設備等、病院運営に必要なインフラも自ら備えています。日本赤十字社(以下、日赤)は、この病院ERUを2021年にアジアの赤十字社として初めて整備しました。今回は、病院ERU整備の取り組みを始めた2019年以来5年ぶりの実施となった「病院ERU展開訓練」の様子をご紹介します。(2019年の訓練の様子はこちら)
■参加者150人以上、資機材50トン、現地での医療活動を想定して
訓練は、2024年12月6日(金)から10日間、兵庫県広域防災センターにて開催されました。約9000㎡の広さのグラウンドにテント29張、約50トンの資機材を展開し、手術室や高度治療室(HDU)、入院病棟などの各病院機能に加え、日赤の病院ERUチームが使用するキッチンやランドリーといった設備、また、現地の宗教に配慮した礼拝室や子ども等へのこころのケア活動のためのスペースに至るまで、実際に現地で使用する各種資機材が立ち並びました。
設営・撤収も医師・看護師自ら行う©日本赤十字社
日赤病院ERU展開図©日本赤十字社
本訓練に参加したのは、全国の赤十字病院や支部などに所属する医師や看護師、技術要員、事務スタッフのほか、電気・給水部門の協力企業関係者です。加えて、将来国際看護の分野で活動を志す看護大学生・大学院生が、見学にとどまらず模擬訓練での患者役として参加しました。前後半の2チームに分かれた参加者は、実際の病院ERU展開を想定した設営・運営・引継ぎ・撤収の各訓練を通じ、標準的な作業手順の確認や資機材の機能検証、部門間での連携の確認や課題の抽出などを行うとともに、参加者の相互研さんによって国際要員としての能力の維持・向上を図りました。とりわけ実際の医療現場を想定し、シナリオごとに患者役を設けた模擬訓練では、保護者の同伴がなくその同意を得られない未成年の患者が緊急手術を必要とするケース等、海外の災害時特有の複雑な状況を想定したプログラムも盛り込まれ、過去に海外の災害現場へ派遣された経験をもつ国際要員が中心的・指導的な役割を担いながら、本番さながらのシミュレーションが行われました。
手術室での訓練の様子©日本赤十字社
車いす用トイレを使った訓練©日本赤十字社
■野外でも、緊急時でも、質の高い医療を届けるために
各担当部門から日赤病院ERUの各機能について説明©日本赤十字社
今回の訓練で日赤は、一つ大きな目標がありました。それは、日赤病院ERUの医療の「質」を、国際基準に照らし証明することです。近年、世界各地で増加する大規模災害等に対し、被災国外から駆けつけることのできる緊急医療チームが増える一方で、駆けつけた各医療チームが被災地で提供する医療の質に差が生じていることが課題となっています。この状況を受けて、世界保健機関(以下、WHO)は、緊急医療チームが満たすべき基準を項目ごとに細かく設定し、その基準を満たす緊急医療チームを「EMT(Emergency Medical Team)」として認証。そのEMT認証が、有事の際に被災地へ派遣される際の「新たなパスポート」となりつつあります。そもそも、このEMT基準の策定には、緊急救援に多くの実績と知見を持つ赤十字も協力しましたが、赤十字としての独立性を守るため、国際赤十字・赤新月社連盟(以下、連盟)は2020年12月にWHOと協定を締結し、「赤十字の診療所・病院ERUにおいては、連盟がWHOの定めたEMT基準を満たしていることを認証すること」が合意されました。EMT認証を受けていないことによって支援の遅れや妨げになってはいけないと、日赤は、各国赤十字社に先駆けて、連盟によるEMT認証の取得を目指すことを決めました。
訓練期間中には、連盟とWHOのEMT認証担当者が来日。日赤病院ERUの各機能の説明とともに、実際に展開された医療資機材やインフラ設備等がEMT基準を満たしているかどうか細かく確認し、晴れて日赤病院ERUは、EMT基準を満たす国際的な緊急医療チームとして認証を受けることができました。
展開された資機材・運用について説明する様子©日本赤十字社
■日赤92番目の病院として
国際部国際救援課 藤嵜係長©日本赤十字社
日赤国際部国際救援課の藤嵜係長は話します。「病院ERUは、被災直後の最も支援が必要とされる時から、現地の一つの病院として機能し、多くの患者を受け入れることで、現地でひっ迫する医療ニーズに対応することを目指しています。日赤は日本国内に91*の病院を運営していますが、この病院ERUを“日赤92番目の病院”として、自信をもって日本から被災地へ送り出せるようにすることが、今の私たちの使命です。多くの病院・医療スタッフを抱える日赤の強みを生かし、この病院ERUが被災地で人々を救う存在となれるよう、今後もさらなる見直しと訓練を重ねていきます。」
*2024年12月時点の病院数