患者さんの思いに添った活動を~4度目の南スーダンICRC紛争犠牲者救援ミッションを終えて~

 2011年の独立以降も紛争が続く南スーダン。赤十字国際委員会(ICRC)は、紛争で負傷した人びとや難民を支援する活動を展開しています。日本赤十字社(日赤)は、ICRCの保健医療分野の活動に対して、長年人的な貢献を続けています。

 2022年2月より首都ジュバの病院に派遣されていた日本赤十字社和歌山医療センターの吉田千有紀看護師の現地からの報告をお届けします。

画像 病院の敷地内を案内する吉田看護師(左)(C)ICRC

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ジュバ国際空港に到着しタラップを降りた瞬間、懐かしい光景が目に入ってきました。ジリジリと照りつける太陽の下、乗客を誘導する空港関係者、そのそばを通り過ぎる赤十字の車両、遠くの方に見える赤十字や国連の小型飛行機、多くの人びとでごった返す荷物の受け取り場・・・その光景は5年前と全く変わっていませんでした。

荷物の受け取りを済ませ、空港の入り口付近に向かうと、面識のある運転手が私を待っていてくれました。「久しぶり、お帰りなさい」と声をかけられ、なぜか、長い休暇から戻ってきたような錯覚に陥りました。独立前から通算で、私の4回目の南スーダンミッションが始まりました。

皆さん、南スーダンがどこにあるかご存じですか?

南スーダンは東アフリカの内陸部にある国で、北にスーダン、南はケニア・ウガンダ・コンゴ共和国、東はエチオピア、西は中央アフリカなど様々な国々と国境を接しています。

2011年、スーダン共和国の南部10州が、アフリカ大陸54番目の国家「南スーダン」として分離・独立しました。独立後も新政権をめぐって様々な攻防が続き、2013年のクーデーター未遂事件を経て、2015年に暫定政府が発足しましたが、国内の混乱と紛争が続いています。

南スーダンにおける課題は、このような長年続く紛争だけではありません。社会的指標、特に医療、教育、水と衛生、栄養、社会的保護などの最も基本的なサービスへのアクセスに関する指標は、世界で最も低い水準を示しています。特に女性や子供、高齢者、障害者などの特に支援が必要なグループへの影響が大きいです。国連開発計画(UNDP)によると、国全体で8割の人口が一日262(1.9アメリカドル)以下で生活している最貧困層と言われています。平均余命は57.9歳と世界で最も低い10カ国に入り、5歳未満児死亡率も98.6(1000人に対して)と最も高い国の一つとなっています。

長年の紛争の影響と共に、気候変動、新型コロナの流行も人びとの生活に大きな影響を及ぼしています。南スーダンの食料供給状況は、2011年の独立以来、770万人が深刻な食料不足に直面しており、最も極端なレベルに達していると報告されています。

赤十字国際委員会(ICRC)は、南スーダン独立前から当地で紛争犠牲者救援に関わっており、保健医療分野の支援は、南スーダンの首都ジュバと東部地域にあるアコボにある2つの公立病院の支援、国内21か所の保健施設支援、6か所の理学療法治療施設の支援など多岐にわたります。

私は、ジュバ市内にあるジュバ軍病院内に設置した戦傷外科施設の病院事業管理者(ホスピタル・プロジェクト・マネージャー)として活動しました。通称、プロマネといいます。2013年より、ICRCは戦傷外科の治療とケアを専門に行う外科ユニットの支援をジュバで始め武器による外傷を負った患者への治療を継続してきました。

一般的にプロマネは事業の総括者を意味します。事業の方向性の決定、進捗管理、組織内外の関係性の円滑化を役割としています。救援事業においてもプロマネの役割はとても重要です。限られた資源や制約条件の中で、今必要とする支援をタイムリーに提供し、効率的な事業運用を考えていきます。病院事業については、事業方針や活動戦略を関連する部門やチームメンバーと共に考え、人材や財務計画、医療機器や施設整備、医薬品調達、環境改善などを目指し、進捗管理していきます。

仕事を進めるうえで、コミュニケーションが最も大事であると考えます。それぞれのチームメンバー、対話する相手、患者さんやご家族の思いを聞き、その思いに添える活動ができることを目指していきます。

対話を通じて、私は、多く人々の苦悩や困難を理解しました。

戦傷外科治療は痛みを伴います。それは単に、身体的な痛みのみならず、精神的、心理社会的な痛みのコントロールに対して総合的に取り組む必要があります。ある朝、私は病棟巡回に同行した際、沈痛な面持ちで語る患者さんたちのことを忘れられません。「僕は、今日、自分で命を絶とうと思った。でも死ねなかった。何も生きる望みがないのに」。

体の傷は癒えても心の傷はとても深く、かつ、帰る場所には家も家族もいない状況の人々が大勢いました。私はそれぞれの患者さんとの対話を通して、引き続き各部門と支援調整を行っていきました。例えば、生活困難者に対する経済的な支援や保護、精神心理的サポート、栄養改善などの部門とも調整を行ってきました。ようやく退院できる日がきても、なかなかうまくいかないこともたくさんあります。例えば、長引く雨季でなかなか出発できなかったり、治安状況でもとの場所に戻れなかったり、様々な困難がありました。しかし、可能な限りの方法と代替案を患者さんたちと考えていくことを目指しました。

画像 ジュバの戦傷外科施設で治療を受ける患者さん(C)ICRC

最後に、派遣中、感激したことがありました。2004年、私の最初の派遣先であったジュバ教育病院で私が指導した看護学生さんたちや研修医たちが、今回の派遣で私たちICRCの外科ユニットのスタッフとして働いていたことでした。再会を喜び、20年近くたって立派に成長されたこと、元気でいることに感無量となりました。そうしたスタッフたちは、南スーダンの明日への希望となり、これからも多くの人々を支え続けていくことと思います。

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日赤は、これからも南スーダンをはじめ紛争が続く地域の人道支援活動にも貢献していきます。

これからも皆さまの温かいご支援をよろしくお願いいたします。

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