特別インタビュー:瑞宝中綬章受章 石川 清 名誉院長

全国の赤十字施設には、国際活動に従事するために必要な知識やスキルを身に着けるための研修を受け、国際要員として登録されたスタッフがいます。この3年間にも、バングラデシュや南スーダン、レバノン等13か国にスタッフ200人近くを派遣しました。
このたび、医師として紛争地域や自然災害の被災地で活動し、長年にわたり国際活動に貢献された、日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 石川 清 名誉院長が令和3年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章されましたので、特別インタビューをお届けします。

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日赤愛知医療センター名古屋第二病院 石川 清 名誉院長 

赤十字病院に40年以上勤務し、赤十字の使命である救急医療、災害救援、国際救援等に従事。阪神淡路大震災での救護活動を始め、2001年には赤十字国際委員会(ICRC)が運営するケニア・ロキチョキオの戦傷外科病院でスーダン(今の南スーダン)の紛争犠牲者救援活動に当たりました。2003年のイラン南東部地震や2005年のスマトラ島沖地震津波の際にも被災者の救援活動に従事しました。日赤愛知医療センター名古屋第二病院の第二代国際医療救援部長を務め、平成19年からは11年に亘って同院の院長として、病院経営に携わりました。

社会や人に貢献できることへのやりがいと赤十字

工学部の航空学科を卒業後に医学部に入学し直されたとのことですが、その理由や思いを聞かせてください。

自分の中で人生のやりがいを一番大切にしていたので、いざ工学部を卒業して就職を考えた時、大会社の歯車の一つになることが自分の人生のやりがいとは思えませんでした。丁度その頃、兄が重症心身障害児医療に一生を捧げ、患者さんや家族から感謝され、非常にやりがいを持ってやっている姿を見て感動し、自分も医学の道に進むことで人生のやりがいを見い出せると思ったのがきっかけです。

赤十字が大好きとのことですが、好きになったきっかけはなんですか?

災害や紛争の救援に行った現場で、赤十字の素晴らしさを実感しました。例えば、阪神淡路大震災のときには、全国から集まった赤十字の救護班が一緒になって自己完結型の救護活動を行う素晴らしさは赤十字でないとできないのではないかと思います。そういうところに魅かれたのが第一で、それ以来、赤十字を常に意識するようになり、病院経営でも赤十字病院であることを強調してきました。

国際活動に参加しようと思ったきっかけを教えてください

国際活動には、以前から関心はありましたが、実際に行きたいという思いが強くなったのは、日赤本社の主催する国際救援のための研修に参加してからです。ジョンレノンのイマジンの曲を背景に世界の現状を映しだした国際赤十字の映像が非常に印象に残り、一度は関わってみたいと思いました。そして、ICRCから麻酔科医募集の話があったので参加することにしました。

実際に派遣された現場での大変だったことや印象に残っていることはありますか?

一番大変だったけれどやりがいがあったのは、スーダン紛争犠牲者救援活動でした。ほとんどが銃で撃たれた患者さんで、それも傷を負ってから何日もたってから運ばれてくるので、日本では想像ができない患者さんばかりでした。十分な医療機器がなく、日本の高度な医療環境なら助けられる患者さんも何人かいました。3か月という短い期間ではありましたが、いままで経験したことのない医療を経験できたことは、自分の医者人生の中では大きなインパクトがありました。

また国際救援で大変だったことと言えば、現地ではなかなか計画通り思うようにいかないということでした。スマトラ島沖地震津波の救援活動の際、チームリーダーとして活動する中で、思ったようには上手くいかず、悔しいというか難しいという思いをしたことが何度かありました。

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(上)スーダン紛争犠牲者救援で、ICRCが運営するケニアのロピディン病院で麻酔科医として活動する石川医師©JRCS

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(上)スマトラ島沖地震津波救援の第2班のチームリーダーで津波の恐ろしさを目の当たりに©JRCS

スマトラで思うようにいかなかったのは何が原因だったのでしょうか?

現地の人たちと交渉しても、なかなか約束通り守ってくれないということが日常茶飯だったので、計画通りいかないのが当たり前と言うことを国際救援で学びました。しかし、交渉が上手くいかなくても、23日後には上手くいったり、荷物がなかなか届かなくてやきもきしても、何日か後には届いたことがありました。日本人の感覚で焦って色々なことを考えなくても、「そのうち上手くいく」という感覚も国際救援で学びました。日本に帰ってから、仕事の上でたとえ上手くいかなくても当たり前とあまり気にならなくなりました(笑)

国内外の紛争地域や災害現場で活動する中で赤十字を意識したことはありますか?

先に述べた通り、国内の災害で赤十字を最初に意識したのは阪神淡路大震災の時でした。国際ではスマトラの時もイランの時も、世界中から集まった赤十字の組織が、国際赤十字の傘下で一つになって活動をしていました。この時も赤十字の素晴らしさを痛感しました。国内救護でも国際救援でも、日本中、世界中から集まった赤十字組織が、同じ旗の下でチームとして活動するというのは歴史と伝統の上に出来上がった赤十字ならではの活動です。

赤十字は長い歴史があるので、どの災害でも現地の人たちから広く受け入れられ、他の組織とは違った評価を受けていました。色々な災害、紛争地域で赤十字は一目置かれていましたし、その活動内容も他の組織とは違っていました。現地の人たちから求められる活動をしていたので、現地の人たちから高く評価されていました。

国際救援を行う上での必要な要素は何だと思いますか?

スーダンに行ったときに思ったのは、ただ国際救援をやりたいという「熱い思い」だけではミッションはできないということです。語学や医療技術やコミュニケーション能力がしっかり身についていないと、有意義な救援活動はできないと思いました。

院長として病院のかじ取りをされていた中での国際救援に対する思いを教えてください

国際救援は日常とは違う世界なので、一般的にはなかなか受け入れられないこともあるかと思います。しかし、色々な意味で国際救援は病院経営にメリットになると思っています。活動自体は利益を生みませんが、国際救援をやることで優秀な人材が集まりますし、マスコミや世間の人たちが好意的にとらえてくれます。実際に寄付につながったこともありました。結果として、病院のイメージ・アップに多大な貢献をすることは間違いありません。国際救援に取り組むことは、病院経営にとって大きな意義があると思っています。

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(上)イラン南東部の地震救援の初動班メンバーとして派遣され、負傷者の治療にあたる石川医師©JRCS

次に目指しているものを教えてください

赤十字活動を今まで通り自分自身が現場でやることは難しいので、やれる範囲で赤十字活動に関わりたいと思っています。例えば、今のコロナ禍でできることと言えば、ワクチン接種はできますので、そういうところで貢献できればと思っています。また、今まで自分が経験したことを若い人たちに伝えることはできますので、最近では高校生への出前授業で話をする機会を持っています。それが今の自分のやりがいにもなっています。

国際救援を目指す後輩へのメッセージ

国際救援は非日常的ですが、非常にやりがいがあることなので、色々な障害があるかもしれませんが、志を持った人は是非とも達成していただきたいと思います。

国際活動に興味のある方へ: こちらから世界各地に派遣されている国際要員の「声」を読むことができます。

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