令和8年熊本地震が発生したとき、介護福祉士・柳井健太さんは自宅にいました。柳井さんが勤務する特別養護老人ホーム「やすらぎの郷」は福岡県糟屋郡にあり、その周辺は震度3程度。100人ほどいる入所者、施設に被害はありませんでしたが、一方で、震度7を記録した熊本の被災地の状況は深刻で、福祉施設の職員として「何かできることはないか? 派遣要請があれば、迷わず応じるのに」……柳井さんは、日赤の災害救護訓練を思い出し、赤十字かDWAT*として被災地に駆け付けたい、と考えたそうです。その後、福岡県DWATとして八代市の福祉避難所へ向かうことが確定。日赤初のDWAT派遣となりました。
柳井さんが支援に入った福祉避難所には、自宅が倒壊したり、ライフラインが途絶えたりして、自宅での生活が難しくなった人たちが身を寄せていました。重い障害の方はいませんでしたが、普通の避難所ではトイレや食事に苦労する高齢者とそのご家族です。柳井さんは、夜間のトイレや歩行の付き添いなどを行った他、介護福祉士の業務を超えたさまざまなサポートを行いました。その1つが「楽しみをつくること」。日赤の「こころのケア」で行う「傾聴」を取り入れながら話し相手になったり、トランプゲームの対戦相手になったり。避難者の中には、柳井さんとトランプをするために業務が落ち着くのを待っていたり、「勝つまで眠れない!」という方との勝負が続くこともあったそうです。
柳井さんの中で、特に印象に残った避難者たちがいます。避難所で助け合った人同士の絆が深まり、「この避難所から出るときは、3人一緒に移れる場所でなければ移動したくない」という強い希望を持った方々。柳井さんは「3人一緒」に入れる新たな避難先を探しました。また、限られた物資を組み合わせながら、できるだけ温かく、バリエーションのある食事をとDWATのメンバーと工夫を凝らしたところ、「ここは食事が他の所とは違うんだよね」という感想をもらい、柳井さんも「避難生活こそ、食べることは大切だ」とうれしく感じたそうです。柳井さんが、被災地へ向かう前に抱いた「何かできることを」という思いは、避難所で一つ一つ、形になりました。
*DWAT(災害派遣福祉チーム)。災害時、避難所などで福祉的な支援を行う専門チーム。介護福祉士や社会福祉士などの福祉専門職で構成
