令和8年熊本地震 被災地で動く赤十字

2026年7月28日、熊本県で最大震度7を観測する地震が発生。各地で建物やライフラインに大きな被害が広がる中、日本赤十字社は直ちに救護活動を開始しました。
令和8年熊本地震 概要
被害状況
人的被害(熊本県)
住家被害(熊本県)
※8月17日時点の情報
熊本市
日赤CoT
5支部延べ12チームを派遣
- 宮城県支部
- 群馬県支部
- 長崎県支部
- 熊本県支部
- 沖縄県支部
こころのケア調整班・こころのケア班
11支部延べ12班を派遣
- 本社
- 東京都支部
- 三重県支部
- 滋賀県支部
- 京都府支部
- 大阪府支部
- 島根県支部
- 岡山県支部
- 広島県支部
- 香川県支部
- 福岡県支部
宇城市(うきし)
救護班
23支部延べ34班を派遣
- 岩手県支部
- 宮城県支部
- 秋田県支部
- 山形県支部
- 福井県支部
- 長野県支部
- 愛知県支部
- 三重県支部
- 鳥取県支部
- 島根県支部
- 岡山県支部
- 広島県支部
- 山口県支部
- 徳島県支部
- 香川県支部
- 愛媛県支部
- 高知県支部
- 佐賀県支部
- 長崎県支部
- 熊本県支部
- 宮崎県支部
- 鹿児島県支部
- 沖縄県支部
日赤CoT
6支部延べ6チームを派遣
- 福島県支部
- 京都府支部
- 兵庫県支部
- 和歌山県支部
- 広島県支部
- 佐賀県支部
八代市(やつしろし)・氷川町(ひかわちょう)
救護班
25支部延べ36班を派遣
- 茨城県支部
- 栃木県支部
- 群馬県支部
- 埼玉県支部
- 千葉県支部
- 本社
- 東京都支部
- 神奈川県支部
- 新潟県支部
- 富山県支部
- 石川県支部
- 山梨県支部
- 岐阜県支部
- 静岡県支部
- 愛知県支部
- 京都府支部
- 大阪府支部
- 兵庫県支部
- 奈良県支部
- 和歌山県支部
- 島根県支部
- 福岡県支部
- 熊本県支部
- 大分県支部
- 鹿児島県支部
日赤CoT
11支部延べ12チームを派遣
- 埼玉県支部
- 神奈川県支部
- 新潟県支部
- 石川県支部
- 岐阜県支部
- 三重県支部
- 鳥取県支部
- 徳島県支部
- 高知県支部
- 福岡県支部
- 熊本県支部
日赤CoT(Coordinate Team:災害医療コーディネートチーム)
CoTとは:被災地の医療ニーズを把握し、行政やDMATなどの関係機関と連携しながら、救護班が必要な場所で円滑に活動するための調整業務を担うチーム。
現場の声

救護課 課長
全国から被災地へ。必要な支援を、途切れさせない
地震発生の翌日(7月29日)、救護班4班、日赤災害医療コーディネートチーム(CoT)4チームが被災地で活動を開始しました。被災者の健康を守るため、避難所を巡回して、衛生・感染予防のアドバイスや改善提案を行い、救護所での診療や被災した医療機関の支援などにあたりました。
その後も全国各地から救護班などが次々と熊本へ。これまでに救護班は延べ70班、CoTは延べ30チームが活動(8月17日時点)。救護班は救護所での診療や巡回診療の他、災害関連死防止のための取り組みを行い、CoTは、被災地の保健・医療ニーズを把握し、関係機関との調整や、医療救護に関する専門的な助言を行いました。
多くの人が避難生活を送り、断水など暮らしへの影響が続く中、日赤は、赤十字ボランティアと共に、安眠セットやタオルケットなどの救援物資を届けたほか、断水が続く地域では、海外での災害対応のノウハウを生かした給水衛生支援も実施。避難所に洗濯機や手洗い場を設置するなど、避難生活を支える活動も。
発災直後の医療救護から、避難生活の支援や「こころのケア」へ。時間の経過とともに、被災地で必要とされる支援は変わっていきます。変化する被災地のニーズに応じ、全国から力をつなぎながら、日赤はこれからも支援を続けていきます。
現地の声
氷川町在住の避難者

ヤエ さん(右)
母は94歳で足が不自由なので、避難所の床に敷いた布団から自力で動くことができず、また私は腰が弱いので母を床から車いすに移動させてあげるのも大変で、避難所の生活にかなりの負担を感じていました。でも、段ボールベッドを設置していただいてからは、いろんなことが楽になりました。ベッドから車いすへの移動もしやすく、母の足のむくみも減って、夜も安心して休めています。今後に不安はありますが、皆さんに助けていただいて本当に感謝しています。
大分日赤救護班
「皆、同じ状況で同じつらい思いでいるのは分かっている。でもどうしたらよいのでしょうか?私のわがままかもしれない」と目に涙を浮かべながら思いを打ち明けてくれました。
被災者は、皆同じ境遇だからと我慢されていた。一人一人の思いにできるだけ寄り添い、話すことで少しでも気持ちが軽くなるようにと思いながら活動しました。
「令和8年熊本地震災害義援金」
受け付け中
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海と空から命を支える日赤の活動
海から命を支える

日本赤十字社医療センター(東京)
諸江 雄太 医師
令和8年熊本地震で、国の「船舶活用医療」が初めて実働しました。防衛省のPFI船「はくおうⅡ」を活用し、入浴・休憩支援とともに船内で医療提供を行う新たな取り組みです。制度そのものは阪神・淡路大震災以降の議論を経て法制化されましたが、実際の災害現場で運用されたのは今回が初めてでした。
日赤は、船舶活用医療の制度設計や訓練の段階から内閣府と連携し、2025年には内閣府との協定を締結。災害時に船内で医療を提供する救護班を整備し、今回の船舶活用医療の実践を支えました。
現地では、日赤医療センター(東京)国内医療救護部長の諸江雄太医師が内閣府調査チームの一員として活動。さまざまな関係機関をつなぐ調整役を担いました。諸江医師は「被災した熊本県や八代市、地元医師会をはじめ、内閣府、防衛省自衛隊、国土交通省や、船舶運営会社、この場に集結した多くの医療チームが協働して、船舶活用医療を始めることができた」と振り返ります。
船舶活用医療は始まったばかりです。しかし、海上を舞台に、多様な組織が力を合わせて被災者を支える仕組みが実際に動き出した意義は決して小さくありません。赤十字はその仕組みの中心で、人と組織を結び、被災者に寄り添う新たな災害医療の第一歩を踏み出しました。

空から命を支える
熊本地震で孤立状態となった特別養護老人ホーム「キャッスル麦島」から、赤十字飛行隊に支援要請が寄せられました。施設では入居者約40人(80〜100歳)と職員35人を支えるための飲み水や食料が残りわずかとなり、早急な支援が求められていました。飛行隊は当初ヘリコプターによる輸送を検討しましたが、近隣の着陸が困難だったため、まず熊本にある飛行隊支隊のグラウンドチームが陸路での運搬を実施。水403リットルをはじめ、食料、介護食、紙おむつ、衛生用品などを積み込み、被災施設へ届けました。
続く2日目には、赤十字飛行隊とAOPA-JAPAN(日本オーナーパイロット協会)が連携し、関東で調達した救援物資を小型ジェット機で成田空港から熊本空港へ空輸。おむつ約300袋のほか、パックごはんやレトルト食品、除菌シートなどを現地へ届けました。

支援を受けた施設長は、「飛行隊の方が物資を届けてくださったとき、被災直後の厳しい混乱の中、“光が届いた”と感じました。利用者さまだけでなく、奮闘する職員にとっても『自分たちは孤立していない』という大きな勇気になりました。そして第二弾が届いたときの喜び。高齢者福祉施設において、紙おむつなどの衛生用品は一日たりとも欠かすことのできない最重要の命綱です。また、ご提供いただいた菓子パンは、余震への不安が続く利用者さまやスタッフのおなかを満たすだけでなく、近隣の施設の皆さまに配布し、その甘みと温かいお心遣いが張り詰めた心を和ませてくれました」と感謝の言葉を語りました。

9月は「いのちを救う 寄りそう PROJECT」を実施
支援は、その先も続いていく
災害時の赤十字の活動は、発災直後の医療救護だけではありません。時間の経過とともに被災した方々の状況が変わる中、必要とされる支援も形を変えながら続いていきます。

令和6年能登半島地震でも、さまざまな活動が続けられてきました。発災から60日、「こころのケア」調整班の一員として被災地に入った深松伸明さん(岡山赤十字病院 医師)は、「こころのケアと一口に言っても、抱えている悩みや苦しみは一人一人違います。その声に丁寧に耳を傾け、適切な支援につなぐ橋渡し役となることを心がけました」と振り返ります。
発災から約90日、救護所や避難所を巡回した大浦美穂さん(日本赤十字社医療センター 看護師長)は、医療へのアクセスが難しい状況が続く中、声をかけ、体調を確認し、必要に応じて医療や保健につなぎました。「災害のフェーズは確実に変化していましたが、被災者を孤立させない見守りと継続的な支援の重要性を強く実感しました」と語ります。
そして発災から約180日。仮設住宅を訪問した柏崎三代治さん(宝達志水町赤十字奉仕団 委員長)は、茶話会や軽体操、傾聴などを通して住民と交流。「体力に自信がなくてもできる『心に寄り添う支援』や『細くても長く続ける支援』も必要であると感じています。今後も、できる範囲で継続していきたいと思います」と話します。
発災から時間がたっても、人を支える活動は続いています。日赤では9月、「いのちを救う 寄りそう PROJECT」を実施。発災直後からその後まで、被災した方々に寄りそうさまざまな救護活動を紹介します。
詳しくは
「SAVE365 Magazine」特設サイトから