あきらめない看護

事故で脳に障害を負い、会話もできず寝たきりだった少年が、20年後には走って、家族と笑いあえるように…。奇跡のような変化をもたらしたのは、「その人が持つ力」を信じて続けられた、ある看護メソッドでした。今回は、その理論と技術を指導に取り入れている京都第二赤十字看護専門学校の授業に密着。取材を通して見えてきたのは、「誰かの命(人生)を支える喜び」という赤十字マインド、そのものでした。
Vice Principal Voices

京都第二赤十字看護専門学校
副学校長
副島 和美 (そえじま かずみ)先生
どう生きるか、という尊厳を守る赤十字の理念にも通じる看護メソッド
重度の意識障害がある患者のために開発された「ナーシング バイオメカニクス*1」。私がこの理論に出会ったのは2013年ごろ。このメソッドを開発した紙屋克子先生の思いと、その成果を知ったとき、衝撃を受けました。
病棟の看護師として、寝たきりの患者を担当した紙屋先生。あるとき、患者の母親が毎日ベッドの横に立ち、「何とかして、この子を立たせたい」といろんな努力をする姿を見て、ただ命を生かすための看護ではなく、その人の人生を取り戻す看護をしようと決意したそうです。そこから、その方の機能回復をめざして試行錯誤し、数年後、自力で立てる状態にまで回復。この思想と実践こそ、まさに赤十字の看護理念そのものだと感じ、すぐに、実践研究を続ける紙屋先生の門をたたきました。
指導を受ける中で、先生とそのチームの献身的な看護によって奇跡的な回復を遂げた患者さんたちとも接する機会を得ました。Aさんは、20数年前に事故に遭い、脳の損傷により寝たきりになりましたが、紙屋先生は決してあきらめず、その方の残存機能を活用しながら、少しずつ回復力を引き出す看護を続けました。先生を慕う専門職のボランティアチームが、訪問を20年以上継続し、今では走ることも字を書くこともできるようになっています。
また、部活中に倒れ、低酸素脳症によって寝たきりになったBさんも、このメソッドによって意識が回復し、今ではプールでリハビリができるまでに。紙屋先生は、彼がまだ見た目には寝たきりの状態にあったとき、彼の体に触れ「意識が戻っている」と気づいたそうです。それには、後に患者本人も「どうして先生は僕の意識が戻っていることに気がついたのですか?」と驚きを語ったほど。
紙屋先生は、「家族があきらめなければ、私たちは絶対にあきらめない」と言って、患者さんのどんなサインも見逃さない。家族と一緒に全力で回復を目指す、そこに私も関わらせていただけることに、看護師になってよかった、と感動しました。
病院だけでなくご自宅でも患者と家族が救われる技術
このメソッドは、意識障害の方だけでなく、介護度の高い高齢者や障害者の身体機能の向上や生活支援にも有効です。本学では1年生からカリキュラムを組み、学生同士の練習だけでなく、病院実習にも導入しています。用手的微振動を行うと、体がこわばって腕が伸ばせず、血圧を測るのすら困難な患者さんの拘縮*2(こうしゅく)が改善し、腕や握った手の指が伸びたり、同じく脚が拘縮しておむつ替えがつらい患者さんが、楽におむつ替えできるようになったり、現場ではさまざまな成功例が。
このメソッドは患者家族や一般の方も実践できる一方で、対象者の体の状態を的確に判断しないと、もろくなっている関節や骨を痛める可能性もあります。だからこそ、看護学生には、患者を心地よくする技術だけでなく、危険も回避する確かな知識を伝えるため、ときに厳しく指導しています。患者さんの人生に寄り添い、その方の「尊厳を守る」メソッドですから、これらを普及させることも、赤十字らしい活動なのではないか、と感じています。
*1 ナーシング(Nursing)=その人らしく生きることを支える行為(看護)+バイオメカニクス(Biomechanics)=人体の構造や掛かる力などの条件がそろうと、簡単に動ける理論(生体力学)を基礎に、文化や心理に関する知見を統合して確立する生活支援の技術
*2 筋肉や関節が固くなり、手足や体が動かしにくくなる状態
「ナーシング バイオメカニクス」
看護師があきらめなければ、患者が持つ力を引き出せる!
意識障害を持つ患者の回復を促進し、自立した生活を送るための支援を目的として開発された、解剖学、生理学、病態学、運動力学などの理論に基づいたメソッド「ナーシング バイオメカニクス」。バランスボールなどを用いることで、患者自身の表現や行動の自立を助け、看護や介護をする側も必要最小限の力で済む技術として、実践研究が進められている。この技術の第一人者として長年実践と普及に尽力してきた日本ヒューマンナーシング研究学会理事長の紙屋克子さんは、その功績を讃えられ、昨年フローレンス・ナイチンゲール記章を授与された。授与式での講演では、「(植物状態で)意思の表出が困難な患者さんでも、毎日手を握って声をかけ続けていると、患者さんの発するサインを感じ取ることができます。それにしっかり意味を持たせることが、“あきらめない看護”の原点です」と語った。
皇后陛下からF・ナイチンゲール記章を授与される紙屋さん。79歳の今もなお、現役の看護師と同じ目線に立って技術の普及に励み、患者と共に歩みながらアップデートを続ける
❷左は副島副校長自ら作成した講義のためのテキスト。バランスボールは、パンパンに空気を詰めず、60〜80%の状態にすることで、体の広い部位に働きかけることができる
❸車椅子に乗った状態で、バランスボールに足を乗せて足踏みをすることで、脳と体に脚を使う感覚を呼び戻す
Teacher's Voices

立岡 葉里子 (たておか よりこ)先生
脳神経外科に勤めていたとき、意識障害で体の拘縮も強く、血圧測定もおむつ替えもとても苦しそうな表情を浮かべる患者さんに対して、実習指導に来ていた副島先生のアドバイスでこの技術を取り入れました。すると、拘縮が緩み、血圧測定もおむつ交換もスムーズに。ご家族から「こんなに安らいだ顔が見られてうれしい!」と感謝の言葉をいただいたことが忘れられません。

小泉 真希子 (こいずみ まきこ)先生
以前働いていた呼吸器科では、状態が良くなるようにと考えても、患者さんがどう生きていきたいかを考える余裕がありませんでした。でもこの技術には2分、3分でもできることがたくさんあり、それを積み重ねれば苦痛を軽減できる。その患者さんの「こうありたい」を一緒に目指せるのです。それを学生に指導しながら私も学んで、自分がやりたかった看護の原点に戻れた気がしています。

小原 真菜美 (おばら まなみ)先生
病院では、救急で運ばれて入院する方や集中治療室を出たばかりの患者さんを担当していました。命優先の現場で、とにかく生かすための看護に集中していましたが、半年前に学校で指導する立場になってこの技術を知り、こういう関わり方があったのかと驚きました。触れることの意味、手の温もりを伝える看護の大切さを改めて感じて、学生と共に看護技術をアップデートしているところです。
Student's Voices

田中 心結 (たなか みゆう)さん
メソッドを教わるときに合言葉のように先生が繰り返すのが「1(ワン)ケア、1(ワン)ギフト、1(ワン)リハビリ」。「患者さんに1つケアを施すことで、何かしらの心地よさ(=ギフト)とリハビリにつながる動きが1セットになるようにしましょう」という考え方なのですが、看護をしながらこの3つが同時に提供できるのがすごい、と驚きながら学んでいます。

佐々木 凜子 (ささき りんこ)さん
ナーシング バイオメカニクスの授業を受けるまでは、患者さんの体を動かすシミュレーションでも「安全に」や「上手に」と考えて、「相手が心地いいように」というところにまで気が回りませんでした。この技術の習得を通して、優しく触れる、優しく手を握るといった、安心感を与えられる看護の大切さを実感しています。

立川 遼 (たちかわ はるか)さん
看護師は患者さんに触れさせていただきますが、体を動かすときの包み込み方や触り方一つ一つに工夫が必要なことを学びました。手を使う「用手微振動」の良さ、手の代わりのバランスボールを使った「用手的微振動」のコツや加減も、される側の感覚がわかるように学ぶ、ので、患者さんの立場になった看護を考えやすかったです。