【リポーター 越智かよ子さん】
私が海外に派遣される「国際要員」を志した原点は、東日本大震災でした。
震災発生時の私は、日赤宮城県支部所属。被災範囲が広く、支部は全力で被災者支援に動きましたが、より深刻な沿岸地域に活動の比重が傾き、仙台を含め内陸部の方からは「あなたたち、何していたの? 姿を見なかったけど」と、厳しいお言葉が。
震災後に活動資金*募集の担当になり、お願いに回るも資金が集まらず、立ち尽くすこともありました。
そんな中、国際赤十字のネットワークを通じ、海外から多くの救援金が届きます。その支えによって、復興支援を年単位で続けることができました。
また、宮城県支部には国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)のスタッフが何度か訪れましたが、当時の私は英語が話せず、通訳を介して説明をする中で、「千年に一度」と言われる災害と、その対応について、自分の言葉で伝えたい——そんな思いが、胸に深く刻まれたのです。
震災後の苦しい数年間、支部の活動を国際赤十字に支えてもらったことで、「国や地域を超えて助け合う仕組み」に少しでも貢献したいと考えるようになり、加えて、「説明責任を果たしたい」という気持ちが、語学や国際要員スキルの習得の原動力になりました。
海外での活動を通じて、新たに気づかされたことがあります。
インドネシアで防災強化事業に携わった際、インドネシア語での打合せには翻訳機をフル稼働させ、メールやあらゆる方法で現地スタッフと丁寧に思いを伝え合いました。
互いの理解が深まる中、夜遅くまで受益者のために資料作りをする彼らの姿を見て、「赤十字の支援は、これでいいのだ」と感じました。
被災された方々に最も近い立場で考え、行動を積み重ねること。
見えない、目立たない活動の中にある本当の価値を再認識しました。今後もこの想いを持って活動を続けていこうと思っています。

*「義援金」の寄付は全額を被災地の義援金配分委員会にお送りいたします。日赤の事業は皆さまからの「会費・寄付金」による「活動資金」に支えられています。

