坂野家の次女として生まれ、笑顔の絶えない家庭ですくすくと育った春香さんの体に異変が起きたのは、小学6年生の秋のこと。悪性の脳腫瘍と診断され、緊急手術。腫瘍は切除され、抗がん剤治療によって一度は寛解したものの、17歳の時に再発し、再手術をした後は、右半身まひと失語症の障害を負いました。そんな中でも、得意な絵を諦めず、利き手ではない左手を使って、亡くなる直前まで作品を残し続けた春香さん。闘病する彼女のそばには、全身全霊で支える家族の姿がありました。特に、再発から約1年後に再再発し、精神症状を伴う発作を起こすようになってからは、片時も目の離せない状態に。看病のため仕事も退職し、春香さんに付きっきりだった和歌子さんは、そのときの様子をこう振り返ります。

「その頃の春香は、病気の影響で発作的に自殺しようとし、危険な行為を繰り返すようになっていました。キッチンで包丁を探す、ベランダから飛び降りようとする、抱きしめてなだめようとすると頭を床に打ちつけ、手首に爪を立てて引っかく…。私たちは、春香に不穏なスイッチが入るとすぐ気づくようになっていたので、最悪の事態を未然に防ぐことができましたが、主人も姉の京香も仕事や学校に出かけている日中は、『私が守らなければ』と、常に緊張と不安でいっぱいでした」
時には、「死にたい」「殺す」と大声で泣き叫び、暴れることもありました。
「12歳から闘病してきた春香ですが、手術のときも、苦しい抗がん剤治療の時も、『痛い』とか『つらい』という言葉は一度も聞いたことがありませんでした。きっと、暴れたり、大声で叫んだりすることで、今まで溜め込んできたものを外に出そうとしているのだと感じ、全てを受け止めようと決意しました」と和歌子さん。あるときは、春香さんの自殺行為を止めるために、深夜0時から早朝5時まで、自宅の階段上で、家族3人で懸命に押さえ続けたことも。貴宏さんは、その状況を、次のように話しました。
「朝方、春香が『トイレに行きたい』と言ったのですが、階段から転げ落ちてしまう危険もあり、どんな行動を起こすかわからないので、『今ここで春香の手を離すことはできない。するならここでしてもいい』と伝えました。そうしたら、階段でそのままお小水を…。今思い返しても、つらい体験です」

【右】春香さんが亡くなる1カ月前に左手で描き上げた絵本『×(バツ)くん』。「×=間違いだって成功のもと。誰しもが必要な存在、自分らしく生きよう」というメッセージが。(発行:三恵社)





