誰かの役に立ちたい 娘の願いを叶える献血

脳腫瘍と闘いながら懸命に治療を続け、2020年12月に18歳の若さで永眠した坂野春香さん。最期まで「人の心に何かを刻みたい」「人の役に立ちたい」と口にしていた春香さんの遺志を継ぐように、父・貴宏さん、母・和歌子さんは、彼女の闘病記や、漫画家になるのが夢だったという彼女が残した作品を通して、生きることの真の価値を伝え続けています。今回は、貴宏さんの「初めての献血」に密着するとともに、お二人に、生前の春香さんから託された"想い"についても伺いました。

2019年10月、再手術後の春香さん。手術前には、脳の部分切除で「もとの自分ではなくなる」ことを覚悟して、家族宛てに手紙を残していた

闘病記『春の香り』より

11月17日(火): 今日もまた、不穏な状態が続いていました。(中略)再び横になりましたが、「死にたい、どうしたらいい」と自問自答するかのように、小声でささやいていました。「死にたいと思ったら、死にたいと言っていいよ」と提案してみると、春香は、「死にたい、死にたい」と繰り返し、涙を流しました。すると、ふと我に返ったように「生きたい」や「死にたくない」という言葉を吐くようになりました。(105ページ)

「死にたい」「生きたい」と揺れ動く心を抱えながら、生きる意味を模索し、人生を全力で生き抜こうとした春香さん。全てを記録してほしい、という春香さんの希望で貴宏さんが書き記した坂野家の闘病記は、ぜひ、書籍でお読みください。

「春の香り」

春の香り(発行:文芸社)

病気の発症から最期まで、春香さんの闘病の記録を父、母それぞれの視点で書きつづった一冊。貴宏さんの記録部分は、亡くなる約1カ月前まで春香さんと確認しながら作成した内容に、当時の日記を加筆した。表紙の絵は、春香さんの右手の指がわずかに動いていた時期に、右手と左手の指に絵の具をつけて描いたもの。2022年8月に発売、2025年3月には同名タイトルで映画化された。

脳腫瘍発症から7年2カ月 懸命に生きた春香さんと、支え続けた家族

2020年3月、家族で幾度となく訪れたフラワーパークで。この頃はコロナ禍で「ステイホーム」期間だったこともあり、春香さんの病状とも向き合いながら、家族4人で過ごす時間が多かった

坂野家の次女として生まれ、笑顔の絶えない家庭ですくすくと育った春香さんの体に異変が起きたのは、小学6年生の秋のこと。悪性の脳腫瘍と診断され、緊急手術。腫瘍は切除され、抗がん剤治療によって一度は寛解したものの、17歳の時に再発し、再手術をした後は、右半身まひと失語症の障害を負いました。そんな中でも、得意な絵を諦めず、利き手ではない左手を使って、亡くなる直前まで作品を残し続けた春香さん。闘病する彼女のそばには、全身全霊で支える家族の姿がありました。特に、再発から約1年後に再再発し、精神症状を伴う発作を起こすようになってからは、片時も目の離せない状態に。看病のため仕事も退職し、春香さんに付きっきりだった和歌子さんは、そのときの様子をこう振り返ります。

春香さんの入院中は、同じように病気と闘う子どもたちに接することも多かった和歌子さん。「『この子たちが頑張っているんだから、私も頑張らなくちゃいけない』と、いつも自分を奮い立たせていました」

「その頃の春香は、病気の影響で発作的に自殺しようとし、危険な行為を繰り返すようになっていました。キッチンで包丁を探す、ベランダから飛び降りようとする、抱きしめてなだめようとすると頭を床に打ちつけ、手首に爪を立てて引っかく…。私たちは、春香に不穏なスイッチが入るとすぐ気づくようになっていたので、最悪の事態を未然に防ぐことができましたが、主人も姉の京香も仕事や学校に出かけている日中は、『私が守らなければ』と、常に緊張と不安でいっぱいでした」

時には、「死にたい」「殺す」と大声で泣き叫び、暴れることもありました。

「12歳から闘病してきた春香ですが、手術のときも、苦しい抗がん剤治療の時も、『痛い』とか『つらい』という言葉は一度も聞いたことがありませんでした。きっと、暴れたり、大声で叫んだりすることで、今まで溜め込んできたものを外に出そうとしているのだと感じ、全てを受け止めようと決意しました」と和歌子さん。あるときは、春香さんの自殺行為を止めるために、深夜0時から早朝5時まで、自宅の階段上で、家族3人で懸命に押さえ続けたことも。貴宏さんは、その状況を、次のように話しました。

「朝方、春香が『トイレに行きたい』と言ったのですが、階段から転げ落ちてしまう危険もあり、どんな行動を起こすかわからないので、『今ここで春香の手を離すことはできない。するならここでしてもいい』と伝えました。そうしたら、階段でそのままお小水を…。今思い返しても、つらい体験です」

【左】発作を起こし、何時間も「死にたい」と訴え続けた後、シュークリームを口にした途端、「おいしい。生きている価値が見出せた」と涙を流す春香さん。貴宏さんはこのとき「おいしいものを食べることは、生きることに大きな意味を与える」と、実感したという
【右】春香さんが亡くなる1カ月前に左手で描き上げた絵本『×(バツ)くん』。「×=間違いだって成功のもと。誰しもが必要な存在、自分らしく生きよう」というメッセージが。(発行:三恵社)

娘と同じように病気と闘う人のために… 貴宏さん、初めての献血

貴宏さんは、現役の高校教師。仕事をしながら、本の出版、映画化、講演活動など、春香さんが亡くなってからの5年間を、全力で走り抜けた

春香さんが亡くなった後、貴宏さんと和歌子さんは起き上がれない日々が続きました。少しずつ日常を取り戻す中でも、救急車のサイレンなどで記憶がよみがえり、悲しみは癒えることがありませんでした。しかし5カ月を過ぎる頃、和歌子さんは「春香との記憶が消えてしまう前に、できる限りのことを書き残そう」と思い立ちます。その原稿に、貴宏さんの闘病日記も合わせ、父母二人の視点でまとめられたのが『春の香り』です。本が出版されると、すぐに映画監督から直接打診を受け、映画化の話が動き出しました。また同時に、貴宏さんには、多くの講演依頼が舞い込みました。

「講演では、『学ぶ』『選択する』『食べる』『人の役に立つ』『自分らしくある』、この5つのキーワードで、春香の闘病から気づかせてもらった『生きること』の話をしています。春香は最初の入院生活で、同じ脳腫瘍や白血病と闘う子どもたちと共に、院内学級で学びました。闘病中であるにもかかわらず、何かを学んでいるときの子どもたちのキラキラした表情は忘れられません。また、再発して2度目の手術をする前に、腫瘍をどれだけ取り除くか、医師に選択を迫られました。私は正直、再再発のリスクを負ってでも、大好きな絵が描ける身体機能は残したほうがいいのではと迷いましたが、春香に意志をたずねると、『取れるだけ取ってほしい。たとえ話せなくなっても、私は生きたい』と即答でした。短い人生でしたが、生きる意味を探し続けた春香の姿を伝えていくことは、誰かの役に立つことかもしれない、と思い、講演などの発信活動を行っています」

そんなふうに語る貴宏さんは、今回、初めての献血に挑みました。
「白血病でご子息を亡くされた方のお話を聞く機会があり、そのときに、輸血用の血液が届くことを待ちわびて、血液が届くと『命が届いた!』と表現されていたのが、ずっと心に残っていました。春香も手術の際にたくさん輸血を受けていましたし、『いつか自分も献血を』と、献血アプリのダウンロードは済ませていたのですが、本の発行や映画化、講演活動などの多忙の日々で先延ばしになっていました。やっと念願が叶った思いです」と貴宏さん。

和歌子さんも、「闘病中は春香を生かすことに必死で、手術のときに受けた輸血がどれだけの人が提供してくれたものなのか、これまで考えが及びませんでした。輸血の記録を見ると最初の手術では赤血球製剤、血小板製剤、新鮮凍結血漿など、数種類の輸血を受けました。今回、これが1人2人ではなく何人もの方が提供してくださった血液だと教えていただき、驚きました。たくさんの方が、あの手術で春香の命を助けてくださっていたのだと思うと、その重みを実感しています」と、献血への感謝の思いがいっそう膨らんだようです。春香さんの「人の役に立ちたい」という願いを胸に、お二人の「生きる」を伝える歩みは、これからも続きます。

2020年1月、姉・京香さん(左)と。春香さんの一番の理解者で親友、両親にとって最も頼れる存在であった京香さんだが、学業と春香さんの介助を両立していた過去を振り返り「私も苦しくて、逃げ出したかった」と涙ながらに語り、両親を驚かせた

いざ、献血ルームへ・・・

「こんなに気軽にできるんだ」

貴宏さんが訪れたのは、岐阜県赤十字血液センター内のあかなべ献血ルーム。受付時の問診票の記入を終えて、「事前の質問や確認項目が多く、安全な血液を届けるために、これだけ厳しくチェックしているのですね」と貴宏さん。学生時代から運動部で体を鍛え、学校ではハンドボール部の顧問をするなど、体力には自信がありましたが、「時折立ちくらみがあるので、赤血球やヘモグロビンが少ないのでは、と妻は心配していました。でも、事前検査では基準値を無事にクリア。実際にやってみたら、あっさりと献血が終わり、何の心配もありませんでした。こんなに気軽にできるなら、もっと早く献血すればよかった。これからも続けたいです」と語りました。

❶400mL献血の受付を行う。機器に指をかざして生体(指静脈)の認証を行い、適正な採取量を算出するための体重測定などを済ませる
❷医師の問診を終え、献血が可能であるか事前検査を行う。指先から少量の血液を採取しヘモグロビン濃度と血液型を確認
❸いざ採血。看護師との会話に緊張も解け、笑顔を見せる貴宏さん