【けんけつのいま】vol.10 能登半島地震、発生。あの時、現場では ──

このコーナーでは、献血を推進するために各地で行われているさまざまな取り組みを紹介していきます。

能登半島地震が発生した元日の夕方。石川県赤十字血液センターでは、正月の休暇を返上した職員たちが次々と集まり、血液供給を途切れさせないために関係機関との血液製剤の調整・連絡に追われました。
同センター事業部長・作田和繁さんは次のように振り返ります。「会議中、頻繁に起こる余震のため緊急地震警報が繰り返し鳴り響き、異様な緊張感がありました。血液運搬に重要な道路がどういう状況か、献血ルームの損壊はどの程度か、他にも、津波への警戒があり、もし津波が発生したら到達する前に1階にある保管血液や機材を全員で2階に上げるぞ、などと話していました」。

災害に対する日頃の備えが生き、無駄のないチーム力が発揮される一方で、作田さんには一つ、大きな気がかりが。「血液センターの職員67人中66人の安否はすぐ確認できたものの、最後の一人と連絡が取れなかったのです。被害の大きい穴水に帰省中の看護師でした。
気をもみながらも緊急対応に追われ、立ち止まる暇はありません。そんな中、ようやく連絡が! 携帯が使えず、避難所の固定電話から掛けてきた、その第一声は…『明日、献血ルームに出勤できません。ルームの被害は大丈夫でしたか?』。自身も被災しているのに献血のことを心配する―赤十字の看護師だな、と呆れながらも胸を打たれました」。

作田さんは、この被災では胸が熱くなる場面が何度もあった、と話します。「1月2日から始まる献血は中止に。52人の予約者へ手分けして連絡すると、『大変な状況の中、わざわざご連絡くださって…頑張ってください!』と逆に励まされたり、他県の血液センターの仲間から『人と物は用意した。いつでも駆けつけるから!』とエールが送られたり。こんな時こそ協力させてください、という声は県内だけでなく県外からも届きました。全ての皆さまに、心からの感謝を述べたいです」。

令和6年能登半島地震発生直後の道路状況。のと里山海道「越の原インターチェンジ」付近(2024年1月2日、日赤職員撮影)