視えなくても、命を救いたい 能登半島地震の「被災者の声」から誕生した救急法講習
日赤が実施する救急法講習では、応急手当や心肺蘇生とAEDの使い方、災害時の心得などについての知識と技術を伝えています。
昨年、AEDの一般使用解禁から20年の節目となり、AEDを用いた救急法普及のイベントが各地で実施された中、
日赤神奈川県支部では視覚障害者向けの心肺蘇生講習および防災講習が実施されました。
この講習は、昨年の能登半島地震で被災した視覚障害者の声をきっかけに企画されたもの。
被災する不安と向き合いながらも、視覚障害があっても身近な人を救えるという気づきも生まれた講習の様子をリポートします。
指導員が自分の手に
触れてもらい、レクチャー
血液を送り出す心臓のポンプを動かすには、かなりの力で胸骨を圧迫することが必要。掌の付け根の一点に力が集中するように、片方の手に、もう一方の手を重ねて両手の指同士を組み、下の指を反らせるようにする。手の組み方は、指導員が組んだ手を触って確かめてもらう。
CPR(心肺蘇生)は
“強く、速く、絶え間なく”
AEDが到着するまでの間、傷病者の横に膝立ちになり、胸の真ん中を真上から垂直に、肘を曲げずに体重をかけて約5cm強く押し、心肺蘇生を行う。通常心臓が動くのと同じスピードが理想なので、1分間に100〜120回を目安に。
AEDの使用方法を聞く参加者たち
点字の使用説明を熱心に読む方も
AEDが到着したら正しく使用できるよう晴眼者のサポートを行う。まず、AEDのスイッチを入れ、機械の音声に従い衣服を取り除く。電気を流すパッドを素肌に直接貼り付けるため、肌が濡れていないか、心臓ペースメーカーなどが埋め込まれていないか(皮膚が盛り上がっている)、貼り薬がついていないかを晴眼者に確認するよう助言し、心臓を挟む位置にパッドを貼ってもらう。その際パッドと肌の間に空気が入っていないことも確かめて。その後もAEDのメッセージに従い救命活動を進めていく。
※晴眼者とは:
視覚に障害がない人のこと
携帯用あたためキット、
安全靴…
最新防災グッズに
興味津々の参加者
講習会場には、火を使わず水を沸かす携帯用あたためキットや、瓦礫やガラスの破片から足元を守る防災シューズ(安全靴)、倒れた家具に囲まれ、動けないときに場所を知らせるホイッスルなど、さまざまな防災グッズが用意され、その必要性を学んだ。
形状や素材の質感を
触って確かめる
保温効果の高いシュラフ(寝袋)や体を包めるサイズの断熱シートなど、寒い季節に欠かせない防災グッズの備えを確認。
主催者の声
いざというとき、自分自身を、誰かを、守れるように
横浜市神奈川区
視覚障害者福祉協会(かな視協)
会長 戸塚 辰永さん
私は点字による総合誌「点字ジャーナル」の編集をしています。能登半島地震の後、被災した視覚障害者から、避難所の生活に苦労をされた体験の寄稿がありました。それを読んで、視覚障害者が災害に備える勉強会が必要だと実感。しかし視覚障害者向けの講習はなかなかありません。そこでライトセンターに相談しました。初めは、防災のことだけ学べればと考えていましたが、防災とセットで救急法を学ぶ意義を聞いて納得。AEDの使い方も聞いておけば、いざというとき、周りに伝えられますから、視覚障害者にも必要だと思います。防災備品も触りながら聞けたのが良かったですね。
横浜市神奈川区
視覚障害者福祉協会(かな視協)
副会長 清水 哲夫さん
私は企業の総務部にいましたから、視覚障害があってもAEDの訓練を受けていました。でも、ほとんどの視覚障害者はAEDを触ったことも見たこともないのでは。私の父は心筋梗塞で亡くなりました。心肺蘇生をあのとき知っていたら…、と考えるんです。今日は、参加者が、AEDはこんなに小さいけれど、こんな機能がある、と知っておくだけでもいいと思っています。それから、災害が起きたら私たちは避難所に行くのではなく、在宅で避難する備えが大切です。今回は防災グッズについても、火を使わずにお湯を沸かせる袋など、知らなかった物もあって、勉強になりました。
その「不安」を解消するために、
まずはやってみる!
神奈川県ライトセンター
事業課 調整監
大竹 雅人さん
「かな視協」の方から防災の講習を受けたいとご相談を受けたときは、難しいかもしれない、と躊躇いました。なぜなら、赤十字の防災セミナーは視覚障害者向けには作られておらず、教材には画像や映像が多用されていたからです。そのため、通常の防災セナーではなく、赤十字救急法を視覚障害者向けにカスタマイズし、防災の情報も組み込んだ「短期講習」という形式でトライするこに。試行錯誤の上での開催でしたが、参加者の皆さんが興味を持ってAEDの使い方や心肺蘇生を体験し、積極的に質問もされて、実りのあるものになりました。視覚障害者にとって、防災や救急法などの情報が少なく、それをとても不安に思っているという当事者の思いを知ることもできました。今回が初の試みでしたが、今後も、障害を持つ方たちに向けたセミナーを構築していく必要があると感じています。
講習参加者の感想
50年以上視覚障害者として生きてきて、一度もこういった講習を受けたことはありませんでした。いざというときのために少しでも自分にできることはないだろうかと考えて、今回参加しました。講習の内容は知らなかったことばかりで全部ためになりました(サノさん)
AEDを直接触って使ってみる機会はなかなかないので、貴重な体験でした。視覚障害を持っていると、一般の講習に参加するのは躊躇する部分があるので、今回視覚障害者団体でこういう機会を用意していただいたのはとてもありがたかったです(スズキさん)
ひとり暮らしなので、災害については強い不安があります。以前からこういった講習に参加したいと思っていたので、もしものときの訓練ができたことがうれしかったです。改めて備えるべきことが確認できました(イケダさん)
講習指導員の声
目が見えなくても人を助けることはできる
大きな災害が起きたら、「共助」の一員に
神奈川県視覚障害援助赤十字奉仕団、
神奈川県山岳赤十字奉仕団、
防災ボランティアリーダー・救急法指導員
早川 正志さん
今回、講習の依頼が来た当初は、防災講習がメインで、心肺蘇生というのは「かな視協」さんのオーダーには入っていませんでた。しかし、災害時は自助だけでなく、共助も重要です。広域で大きな災害が起きると、県警のヘリコプターや消防の救急車などは数が足りず、全ての人を救うことはできない。公助に頼ることが難しいので、防災講習では、心肺蘇生、AED、止血をセットで伝えていきたいと考えています。そのことを説明して、協会の皆さんにも理解していただきました。私は救急法の指導員や防災セミナーの講師を務めていますが、赤十字奉仕団として視覚障害者の援助や、視覚障害者とハイキングに行くなどの活動をしています。その経験から「視覚障害の方でもできること」を考えました。実際に、一次救命の基本対応で、できることはたくさんあります。まず、倒れている人に気がついたときに、AEDを持ってくるように周りの人にお願いしたり、その間に心臓から血液を送り出すために胸骨圧迫をしたりすること。また、出血がないか晴眼者に確認してもらい、出血がある場合は止血の助言をすることなどです。目の前に消えゆかんとする命があったら、視覚に障害があってもなくても、「なんとか救いたい」という思いは一緒。今回は、皆さんこういった講習が初めてでも、積極的にAEDや防災グッズに手を伸ばして学ぼうとする姿勢がありました。シミュレーションであっても、実際に心肺蘇生を体験して、「自分にもできた」という経験は大きな自信になったはず。今回の講習で体得したものを、ぜひ今後に生かしてほしいです。
講習の様子を下記動画の中でも紹介しています。
【神奈川県ライトセンターとは】
神奈川県内の視覚障害者に対して、点字・録音図書などの情報提供や各種相談・訓練のほか、視覚障害者へのボランティア活動を志す人々の育成・支援も行う。昭和49年に県によって設置され、日赤神奈川県支部が運営。平成5年には新たにスポーツ振興事業を加えるなど、視覚障害者のニーズに応える形で事業の拡充・充実を進めている。
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