人道支援は風変わりなしごと。女性リーダーが見た赤十字

世界191の国と地域に広がる赤十字社、赤新月社のネットワークには、組織の中核となって人道支援に奔走する女性リーダーがいます。今回は、世界で活躍する3人の女性リーダーにインタビュー。インクルーシブな発想と情熱で活動に取り組む彼女たち視点で、赤十字について語っていただきました。

インタビュー
女性リーダーが見た赤十字 1

ボランティアが命を救う。
その存在の重要性を知ったとき、胸が熱くなった

©Olha Ivashchenko / IFRC
2024年2月に人道支援ニーズを把握するためウクライナを訪問したフォーブスさん。市民を救援する赤十字ボランティアを激励した

プロフィール

ケイト・フォーブスさん

国際赤十字・
赤新月社連盟(IFRC)会長

ケイト・フォーブス さん

約40年前に、アメリカ赤十字社のアリゾナ州フェニックスの支部でボランティア活動を開始。全米で数十万人の赤十字ボランティアを統括するボランティア委員長など要職を歴任した後、IFRC理事会メンバーとして17年間活動する。2023年12月にIFRC会長に選出。女性としては史上2人目であり、IFRCの多様性とジェンダー平等への取り組みにも寄与する。

私が赤十字に関わるきっかけは、アメリカ赤十字社(以下、アメリカ赤)でボランティアをする同僚からの誘いでした。アメリカ赤は全米に強力なネットワークを持ち、地域の災害などに対する備えと、発災時の対応、復興を支援する組織です。そのボランティアに誘われたことは名誉であり、私の義務でもあると考えました。
実際に活動に参加すると、災害対応や献血、防災教育、復興支援に加えて、米軍の兵士やその家族のサポートまで、命を救うためにボランティアが果たす役割の大きさに触れ、深く感動したことを覚えています。

アメリカ赤には約230の支部があり、30万人のボランティアが情熱的に活動し、毎年約6万5000件の災害に対応しています。また、献血も重要な活動の一部です。現在はアメリカ国内の血液供給の約40%を担い、献血者数は年間約680万人にものぼります。
実は日赤とは深い縁があり、第2次世界大戦後に日赤が全国的に献血の事業に乗り出す際に、資金や機材、研修などを全面的にバックアップして、その背中を押した歴史もあるのですよ。

振り返ると、私が胸を打たれた赤十字の活動には、いつもボランティアがいました。友人の孫が赤十字の提供した血液製剤で命を救われたとき、私の故郷で大型ハリケーンの被災者500人を赤十字が受け入れてくれたとき、家を失った5人家族に宿泊場所や生活再建のサポートを提供する様子を目にしたとき…それらの活動はボランティアが中心となって動いていました。彼らの情熱と粘り強さは、コミュニティを支える大きな力です。
世界各国の赤十字社、赤新月社で、ボランティアが献身的な活動を続けています。私はIFRC会長として、これからもボランティアと共に、透明性と説明責任を持って使命を果たします。

【参考】日本の年間の献血者数は約331万人(2024年度)。

©パレスチナ赤新月社 / IFRC
レバノン、エジプト、パレスチナ、イスラエルを含む中東、北アフリカ地域の国々や各国赤十字社、赤新月社を視察するため、エジプト赤新月社を訪問
インタビュー
女性リーダーが
見た赤十字 2

「あなたは一人ではない」
すべての違いを越えた赤十字の人道支援が、暗闇に灯る光に

©トルコ赤新月社
2024年4月、ガザに向けてトルコ赤の人道支援船「Ships of Kindness」が出航する際、救援物資を確認するユルマズさん。物資の総額は610万ドル相当に達した

プロフィール

ファトマ・メリチ・ユルマズさん ©トルコ赤新月社

トルコ赤新月社 社長

ファトマ・メリチ・
ユルマズ さん

1975年、トルコ・アンカラ生まれ。アンカラ大学医学部卒業後、アンカラ市立病院医学生化学科教授、ユルドゥルム・ベヤズィト大学医学部教員などを経て、2015年からトルコ赤新月社の理事として活動。2023年2月の大地震後にケレム・キニック前社長が辞任した後、暫定社長期間を経て、7月にトルコ赤新月社初の女性社長として選出される。

私にとって、苦しみの中にいる人々の、最も困難な瞬間に手当てを施し、希望を持って人生を見つめられるように導く人道支援は、医師としての理想とも完全に一致します。私の専門性をより広い社会貢献へと昇華させてくれた赤十字は、偉大な家族です。

女性は人道支援の現場においても積極的に関わり、母親や姉妹のような思いやりと忍耐を持って活動していることを私は知っています。だからこそ、私がトルコ赤新月社(以下、トルコ赤)初の女性社長として組織の中で女性の存在感を高め、人々を救済する女性たちに勇気を与えることをうれしく思います。
トルコ赤の歴史は157年。昨今では地震の被災地に大学進学を目指す学生のための図書館を設立したり、ガザへ人道支援船を出して救援物資を届けたりと、困難な状況下にある人々を支えることを使命に活動しています。私たちは、すべての違いを越えて、人々の共通の良心を代弁する存在です。

2023年2月のトルコ・シリアにまたがる大地震では、私たちは痛ましい教訓を得ましたが、トルコ赤の職員とボランティアの献身は、大きな光を与えてくれました。彼らの中には家や家族をなくした者もいましたが、強い決意で他者を助けようと駆けつけました。
助けを求める声に耳を傾け、誰かの支援に向かうことは、暗闇でろうそくを灯すようなものです。その火は、暗がりで失意の中にいる人々にも、「私は一人ではない」と気づかせてくれます。そして、人間の善意を信じる気持ちを強くしてくれるでしょう。暗闇に火を灯す、そのかけがえのない行動こそが、赤十字社、赤新月社の役割です。

2025年9月、大阪・関西万博の「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」で開催された「GLOW Red」のトークイベントにも登壇
インタビュー
女性リーダーが
見た赤十字 3

被災者の半数は女性
でも支援の決定者に女性がいない…それに気づき、赤十字は変わった

バングラデシュの避難民キャンプを視察するワルストロムさん ※ワルストロムさんの画像全て©Ibrahim Mollik / IFRC

プロフィール

マルガレータ・ワルストロムさん

GLOW Red代表 / 
元スウェーデン赤十字社 社長

マルガレータ・
ワルストロム さん

1950年、スウェーデン生まれ。長年、赤十字および国連で指導的地位を務め、2017年にスウェーデン赤十字社の社長に就任。2018年には、国際赤十字・赤新月運動における女性ネットワーク「GLOW Red」の発起人となる。ジェンダー平等の提言活動など、長年の功績が評価され、赤十字・赤新月運動の最高栄誉、アンリー・デュナン記章を受章。

苦しみを伴う危機的な状況にあっても、見返りを求めず、ただ思いやりの心だけで届け、傷ついた人々に寄り添う。この行動を何と呼ぶでしょう? そう、「人道支援」です。
人道支援は、風変わりな職業です。あえて苦しみが蔓延(まんえん)する状況に飛び込み、過酷な労働環境でも、立ち止まらない。存在そのものがユニーク。しかし、常に強く心を揺さぶられる出会いや気づきがあります。

1970年代後半、私は戦後のベトナムで数年働き、その後、クメール・ルージュ政権崩壊後のカンボジアで活動しました。戦争によって荒廃した両国で、出会った人々に計り知れない尊厳と誇りを見出し「災害や紛争で苦しむ人々を支援する人生を送りたい」と決意しました。

IFRCの活動に従事する中で、2017年、IFRCの理事に選出された29人の中で女性がわずか5人であるという現実に、私は愕然としました。なぜなら、被災地で救われるべき人々の半数以上は女性なのです。
人道支援の意思決定の場に女性がいなかったら、女性の被災者のニーズに適切に応えられるでしょうか? 私は危機感を覚え、女性リーダーの比率を上げるための組織改革に挑みました。「GLOW Red」も、その取り組みの1つです。今では、IFRCの意思決定の場に参加するリーダーの半数が、女性になりました。

ガザやスーダンなど、困難で試練の多い環境でも、ボランティアや職員が同じ志で「尊厳と敬意」を大切にした支援を行う姿には心を打たれます。赤十字社、赤新月社は、世界で最も歴史が古く、また最も広く活動をしている人道支援組織です。
たとえ世界的な緊張が私たちの活動に影響を与えようとも、人々の信頼に応え、必要とされるときに動ける能力と準備態勢を保つことが、私たちの重大な責務です。そのために、緊急時だけではなく平時から、市民と共に備えと予防を推進することを大切にしたいと思います。

日赤が運営するバングラデシュ避難民キャンプ内の診療所の前で、日赤職員と共に(ワルストロムさんは前列左から3人目)
GLOW red

「GLOW Red(グローレッド)」=The Global Network for Women leaders in the Red Cross Red Crescent Movement。国際赤十字・赤新月運動における女性リーダーの活躍と育成を目標に掲げた世界的ネットワークで、2018年に発足。女性のエンパワーメントの推進、幹部職における男女の機会平等の強化など、多様性の重要性を積極的に提言する。これまで世界120以上の赤十字社、赤新月社から約700人が参加。今年の大阪・関西万博では、「災害や紛争における女性リーダー」などをテーマにパネルディスカッションを行った。

赤十字が止められる
「悪」がある

ジンバブエの刑務所で収容者と面談する五十嵐さん

赤十字国際委員会(ICRC)は国際人道法の番人と呼ばれています。私は、ICRCへの出向中、ジンバブエで刑務所や収容所にいる捕虜の訪問を行っていました。国際人道法に従って、彼らが人道的な扱いを受けているか確認するためです。
独房を1つ1つ訪ねて話を聞いていくと、彼らからも要望がでますが、それに応えることは難しいです…。それでも、定期的な訪問を続けることに意味があります。
人種差別撤廃の指導者、ネルソン・マンデラ氏は27年も収監され、解放された後に「ICRCがもたらす善だけでなく、ICRCが防ぐ悪も重要だ」と述べました。人道に反する行為の抑止力になる、それが赤十字の存在意義です。

現在、赤十字が女性リーダーを推進するのは、女性の権利を擁護するためではありません。赤十字が真の意味で公平で、多様な視点で効果的な支援を届ける。その使命を果たすために、女性のエンパワーメントにも力を入れています。

プロフィール

五十嵐玲奈 さん

日本赤十字社 国際部

五十嵐 玲奈 (いがらし れな)さん

2003年日赤に入職。赤十字国際委員会(ICRC)、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)ジュネーブ本部への出向歴を持ち、現在は日赤本社国際部でGLOW Redを推進する。