【WORLD NEWS】イスラエル・ガザ人道危機 赤十字野外病院の1年

2023年10月7日にイスラエルとガザ地区間の武力衝突が激化してから、犠牲者は双方合わせて5万2000人を超えています(2025年4月末現在)。
赤十字国際委員会(ICRC)は、パレスチナ赤新月社(以下、パレスチナ赤)との連携のもと、2024年5月にガザ南部のラファに赤十字野外病院を開設しました。今回は、開設から1年が経過した野外病院と医療活動の状況をお届けします。

イスラエルとガザ地区ってどんなところ?

イスラエルは、ヨルダン、レバノン、エジプトなどと国境を接した、地中海に面する中東の国。ガザ地区は、西を地中海、南をエジプトに接する地域で、総面積は日本の種子島ほど。当地区はパレスチナ被占領地の一部であり、イスラエルが2007年に地区を取り囲む壁を設置したことで包囲され、物資運搬や人の往来において厳しい制限を受けている。

紛争により病院が消滅した町 逃れられない人々を救うために

かつてガザ地区には39の病院が存在し、紛争が始まった当初は、患者だけでなく安全な場所を求めて逃れてきた避難民であふれかえっていました。しかし、病院も被害を受け、今ではそのほとんどが機能不全に陥っています。
感染症や慢性疾患を治療できずにいたことで合併症を引き起こす患者も多く、重症を負った人々の四肢の切断も日常となり、紛争の長期化と共に医療ニーズの高まりと深刻さは増していきました。

ICRCは、医療資材の搬入さえも制限する紛争当事者と粘り強く交渉を続け、ついに野外病院を設営する許可を取りつけました。そこから日赤を含む14の赤十字社が連携して病院資機材をガザ内部に運び込むことに成功、パレスチナ赤とも協働し、立ち上げたのが、ラファ野外病院です。

ラファ野外病院の全景。手術室・リハビリ室など総合病院の機能を有している

同病院は、60床を有し、緊急外科、産科・婦人科、新生児・小児科、外来部門があり、1日あたり約200人の診療が可能な施設。
開設からこれまでに、8万人以上の患者を受け入れ、3400件以上の外科手術に対応してきました。また、院内では多くの赤十字ボランティアも活動し、患者が大量に殺到した際の患者の振り分けや院内の誘導など、病院運営に欠かせない人員として力を発揮しています

そのほか、ICRCの技術チームは、豪雨や強風によってテントが損傷した際の修繕はもちろん、松葉杖などのリハビリ道具から蚊帳まで、あらゆる器具をその場で製作し、患者の回復に貢献しています。

求められるリハビリ支援 そして、「こころのケア」

野外病院内には理学療法士や義肢装具士らもいて、四肢を切断した人々のリハビリテーションを行っています。
5歳のシーラちゃんも、リハビリ患者の1人。彼女は爆撃によって両親と兄弟全員を失い、自身も右足を失う大けがを負いました。現在は祖母に引き取られ、義肢センターでリハビリを続けて歩けるようになりました。

再び歩けるようになったシーラちゃんは、学校に戻り、大好きな友達と隠れんぼができることを喜んでいる

しかし、遠くで爆発音が響くとパニックを起こして祖母の腕の中に逃げ込む姿も。いま、シーラちゃんを苦しめているのは、爆発音に加え、祖母まで失ってしまったら、という「恐怖」です。
また、ガザでタクシー運転手をしながら家族9人を養っていたアハメドさんは、紛争で2人の家族を失い、自身は右足を骨折、足の指も失いました。野外病院でのリハビリのおかげで身体的には順調に回復していますが、「これからどうやって家族を養っていこう…」と、大きな不安を抱えています。

このように、患者の傷を癒やすだけではなく、障害を乗り越えて尊厳を回復するための支援も野外病院の大きな使命です。
加えて、シーラちゃんやアハメドさんのような人々の「こころのケア」も、重要な支援の一つです。
また、ICRCは、パレスチナ赤と協力して、ガザの人々の生計回復の支援も行っている他、食糧支援の一環で避難民キャンプに共同オーブンを設置したり、生活必需品を購入するための現金給付を行ったり、水の輸送やインフラの設置なども行っています。

資機材の提供など 日赤による野外病院支援

日赤は、野外病院開設にあたり、手術室の設備とリハビリテーションのための資機材提供を行いましたが、2023年10月以前には医師・看護師・助産師を派遣してパレスチナ赤が運営する病院への医療技術支援も行っていました。

レバノンに駐在しながら中東人道危機救援事業に携わる日赤中東地域代表部の青山寿美香さんは、こう語ります。
「日赤の医師・看護師らが技術支援を行っていたガザの病院スタッフは、崩壊している医療体制の中で、今も懸命に人々の命を支えています。この状況下だからこそ、確かな医療技術が重要になっています。医療は直接的に命を救うことにつながるだけでなく、紛争下の医療を支えることは人々の生きる権利を守ることでもあります

18歳未満の子どもが全患者の37%を占めるラファ野外病院。写真はこの野外病院で最初に生まれた新生児

パレスチナ赤の不断の努力もあり、多様な医療ニーズに対応し続けた野外病院の1年。
過酷な状況は1年を経過しても変わらず、赤十字は退避命令が発令されても、人々が医療を受けられるように交渉を続けています。

これらの活動は、今年3月まで開設された「2023年イスラエル・ガザ人道危機救援金」の寄付の他、今年4月以降「中東人道危機救援金」でお寄せいただいた寄付の一部が活用されています。