メコン川流域の4カ国での保健衛生支援 異文化の壁を越える、赤十字の支援活動

日赤では、世界中の保健医療支援を必要とする地域に、多くの医師や看護師などを派遣しています。今回は、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)バンコク事務所に保健要員として出向している木村仁美さんに、活動内容を聞きました。

木村仁美さん。国際赤十字・赤新月社連盟のジャガン・シャパガン事務総長(右)と共に

木村さんの業務を教えてください

 IFRCは、日赤を含む世界192の赤十字社と赤新月社が加盟し、世界60カ所以上に事務所を置いている人道支援団体です。
 私は、タイの他にメコン川に接するラオス、カンボジア、ベトナムを含む4カ国での保健衛生事業に携わっています。各国の保健衛生活動を支援するために事業計画を立案し、現地での支援状況をモニタリングしたり、急な災害発生に対応できる現地の組織作りをしたり、スイスのジュネーブにあるIFRC事務局やさまざまな機関との調整などを行っています。メコン川流域は、干ばつや洪水などの自然災害の他、熱帯圏特有の感染症や疾病もあり、医療サービスを求める人が多いです。さらに、各国の政治的な事情や宗教、文化など、あらゆるバックグラウンドを考慮しながら、事業を慎重に進めていく必要があります。

具体的にはどのような
保健衛生活動が
展開されているのでしょうか?

 新型コロナウイルス感染症への対応として、タイ赤十字社では国家的な予防接種活動を移民にも展開し、私はそのサポートに携わりました。タイは多くの国と国境に接し、周辺国からの移民が約390万人いるとされています。移民の中には自然災害や、政治的情勢の影響で避難した人々も含まれます。彼らの多くは身分証明書を持たず、同時に個人が特定されることを忌避することも少なくありません。しかし、感染症拡大を防ぐためにはより多くの人に予防接種を行う必要があり、プライバシーを守ることを覚書で約束して予防接種を受けてもらいました。また、予防接種は誰がいつ接種を受けたかという情報を管理することが重要です。今回の予防接種活動では、IT企業と協力し、顔認証や虹彩認証によって接種者のデータを記録するシステムを開発し導入しています。加えて、タイの保健省とも連携し、国籍や市民登録がない人のデータを登録できる環境を構築しました。移民や難民への医療支援は、メコン川圏だけでなく世界的な課題です。今回の最新テクノロジーを活用したデータ管理の手法は、新型コロナの対策だけでなく将来の支援活動にも生かせる、とても価値のあるものだと感じています。

タイ赤十字社では、新型コロナウイルス感染症に対する予防接種活動を移民にも実施。身分証明を持たない人々に向けて、顔認証や虹彩認証によるデータ管理システムを導入した


感染症対策など緊急的な支援活
動と共に、救急法などの日常的な
活動にも注力されていますね


 メコン川圏は、医療アクセスが難しい地域がほとんどですが、保健医療に携わる人材不足や交通事故の多発などにより、救急法の普及が命を救うことに直結しています。IFRCは2030年までに「プレホスピタルケア」の普及を目指しています。
 「プレホスピタルケア」とは、医療機関に行く前にできる応急手当てのこと。その一環としてタイの仏教寺院における救急法指導を実施しています。タイ国内には約3万もの仏教寺院があり、約40万人の僧侶、参拝客の他、学校を持つ寺院には多くの子どもたちが通っています。幅広い年代に命を守ることの大切さ、そのために役立つ情報を発信することも私たちの役割です。

 この他、ベトナムでは、交通事故の多い地区に「モバイル救護室」として赤十字ボランティアが交代で運営する仮設救護室を展開。カンボジアでは学校カリキュラムに救急法
を導入したり、ラオスでは医療アクセスが困難な地域において住民同士で命を守るために救急法を普及するなど、各国の事情に応じた支援をしています。

タイの仏教寺院での救急法の普及活動。僧侶は女性に触れることができないため、男性のボランティアが同行して講習するなど配慮している

地域の特性、
文化に寄り添った支援活動が
求められているのですね


 タイには赤十字病院などの医療施設があるため、比較的円滑に保健支援活動ができる一方、他の3カ国には赤十字が直接運営している医療施設がなく、またベトナムやラオスは社会主義国家であるため、政府とのより緊密な調整を求められることがあります。さらに、多民族国家・多文化社会として知られるメコン川流域の国々で、移民や民族を取り巻く状況を知識として知っていても、現地の人々が持っている感情や認識を完全に理解することは簡単ではありません。
 私は、IFRCの保健要員として支援をする立場として、地域の医療施設や実際に現地で活動している人々が持つ知見から学ぶことがたくさんあります。これからも現地の人々の声を聞き、私たちができることは何かを常に考えながら、一人でも多くの人を救うための活動に励んでいきたいと思っています。

ベトナム赤十字社では、バイクなどによる交通事故の多い地区に「モバイル救護室」を設置。基本的な医薬品や応急処置のための道具、担架などが配備されている


木村 仁美(きむら ひとみ)
profile:
大森赤十字病院 看護師、IFRCバンコク事務所保健要員。
日本赤十字広島看護大在学中から海外のさまざまな研修に参加し、バングラデシュ避難民キャンプにも派遣された。派遣地のコミュニティの中に入り、人々に寄り添う保健衛生事業にやりがいを感じている。