コロナ禍で生まれる命を守る 出産間近での“感染”。緊急の帝王切開、新生児の移送…そして高まる医療連携

新型コロナウイルスに感染した妊婦さんの帝王切開の様子

日赤が妊産婦保健事業を開始して今年で100年。コロナ禍においても、妊産婦と子ども、2つの命を守るために最善を尽くしています。
コロナ禍の「出産」の現場で何が起きているのか。日赤愛知医療センター名古屋第二病院(以下、名二)産婦人科の職員の活動をご紹介します。

新型コロナウイルス感染症が爆発的に広がり始めた2020年春以降、感染して症状のある妊婦さんの多くが帝王切開による出産を行っています。
そして、その方々には出産後も厳しい現実が…。
赤ちゃんは母親と隔離されるだけでなく、新生児用隔離ベッドが足りない場合は他院に移送されることも。一時的な母子分離。母子共に健康で、幸せな未来のために、つらくとも乗り越えなくてはなりません。

(上)2メートル以上離れた場所で生まれた赤ちゃんとお母さんの初対面。濃厚接触になるためお母さんは新生児を抱っこできない
(左下)新生児は2回のPCR検査を受けて陰性が確認されるまで隔離室でケアを受ける
(右)感染したお母さんから生まれた赤ちゃんのための隔離ベッドが足りず、他院に移送される新生児


2つの命のため「最良の選択」を続ける

第二産婦人科部長 兼
総合周産期母子医療センター長 
加藤紀子さん

online_02.jpg「名二は、合併症があるなどのハイリスク出産の受け入れを行う、この地域の周産期母子医療センターです。これまでの緊急対応に新型コロナに感染した妊婦さんが加わり、多忙な日々が続いています。リスクのある方に安全に出産してもらうためには計画的な出産が望ましい。新型コロナに感染した妊婦さんとそのご家族は、妊婦さんに既に苦しい症状がある中で『とにかく安心安全に出産できれば』『赤ちゃんが無事に産まれれば』という切実な思いがあり、みなさん帝王切開を受容されます。また、経腟(けいちつ)分娩ではいきんだり、激しい呼吸や大きな声を出したり、長時間寄り添うスタッフの感染リスクが高まるので、帝王切開であれば、そのリスクも軽減できます。

 まさか自分が感染するとは思いもせず、コロナの発症から帝王切開まで短期間に進むため、大変な不安と混乱の中に置かれる妊婦さん。それでも皆さんが、おなかにいる赤ちゃんにとって最良の方法で出産する、そういう覚悟を自然とお持ちになっています。お母さんも医療従事者も常に“最良の選択”をし続ける。出産後、他院に移った方が検診のため当院に来て『感染して不安な時期に、私たちを受け入れてくださってありがとう』 と言ってくださいます。当院で接した時間は短くても、赤ちゃんの命を守るためにお母さんとスタッフが力を合わせ、ベストを尽くした結果だ、と、うれしく思います」


感染した不安を、共に乗り越える

看護係長 助産師 
藤井奈津子さん

online_03.jpg「運ばれてきた陽性の妊婦さんから妊娠の経過などを聞き取り、帝王切開の手術中から手術後まで一貫してサポートするのが助産師の役目。帝王切開でおなかから赤ちゃんが取り上げられたとき、私たち助産師はもちろんですが、オペの医師、看護師、麻酔科医、皆で一斉に『おめでとうございます!』『赤ちゃん、元気ですよ!』とお母さんに声を掛けます。お母さんは局所麻酔なので意識があり、耳もしっかりと聞こえています。しかし、顔のところまで清潔なカバーを掛けられているので、出てきた瞬間の赤ちゃんを見ることができません。助産師が医師から赤ちゃんを受け取り、すばやく分娩(ぶんべん)台から離れると、お母さんの顔のカバーが外され、2メートル以上離れた場所で助産師が抱き上げる赤ちゃんの顔を見ることができます。無事に生まれてきた我が子を見て感極まり、なかには泣き出すお母さんも…。感染してからおなかの赤ちゃんのことが心配で、不安を感じることも多かったのでしょう。そういった不安に寄り添うのも助産師です。

 術後、コロナ専用病棟に移されたお母さんに対しては、防護服を身に着けてはいますが通常の産婦さんと変わらない対応を心掛けています。隔離解除後、お母さん自身が赤ちゃんのお世話をするのに必要なアドバイスをしますが、『出産後すぐに母乳をあげられなくても適切にケアをすれば母乳で育てられますよ』と伝えると安心された方もいました。感染前に思い描いていたように育てられる、お母さんの希望をかなえるお手伝いをしたいですね。

 2年前の春、新型コロナウイルス感染症が流行し始めた頃は、私たちも未知のウイルスに対する恐怖心がありました。助産師として十分なケアができないというジレンマや葛藤の中、妊産婦ケアのマニュアルを変えたり、それまで経験の少なかった感染防御をしながらの対応を検討したり、工夫を続けてきました。母子分離となってしまう産後のケアとしてZoomを使ったモニター越しの母子面会を自発的に取り入れたのも、その1つです。コロナ禍が始まってから、産科のスタッフも壁にぶつかりながら、多くの経験を積みました。安心して安全な出産ができるように、皆で協力して力を尽くす。より一層、真摯(しんし)に、お母さんと子どものためのケアに向き合うようになったと感じています」

 離れ離れになった母親と赤ちゃんが再会できるのは、国が定めた感染者の隔離期間と同じ、発症日の翌日から10日経過し、かつ症状軽快後3日間(72時間)経過してから。赤ちゃんはPCR検査で2度の陰性が確認されたら、通常の新生児室に移ることが可能です。赤ちゃんが先に退院する場合は、入院中の母親に代わり家族がお世話をするか、他の病院や施設に一時預かりしていただくか、いずれの場合も専門の看護師が母親の希望を聞いて赤ちゃんにベストな方法を一緒に考えます。また、母親も、産後の経過が良ければ、感染患者を受け入れる他院に転院します。

 出産直後の新生児の移送や、産後間もない母親の転院など、すべては地域の医療連携の中で行われます。
 赤ちゃんと母親、2つの命を守らなくてはいけない周産期の現場で、地域の医療連携にも新しい風が吹きました。愛知県では近隣の医療機関との連携がより密になり、病院間でお互いを頼り、信頼して託せています。「地域の医療者全体に連帯・支え合いの意識が生まれ、ONEチームでコロナ禍の周産期医療を支えています」と加藤医師も語ります。コロナ禍の2年。私たちは新型コロナウイルスの脅威にさらされながらも、それを乗り越え、希望を取り戻すすべを身に付けたようです。

[左]産まれた赤ちゃんと直接の面会ができない母親と、赤ちゃんの写真を見ながら「かわいいね、早く抱っこしたいね」と話す加藤医師
[右]命を預かる医療の現場は、チームとしての連携が重要。産科スタッフのミーティングで細やかに情報を共有し合う