アジア・大洋州地域の健康を支える赤十字の力

国際赤十字・赤新月社連盟アジア・大洋州地域事務所(APRO:Asia Pacific Regional Office)は、アジア・大洋州地域にある38の赤十字・赤新月社を支援する地域拠点です。今回は、同事務所に保健要員として派遣され、地域内の赤十字・赤新月社と連携しながら保健分野の課題解決に取り組む、秋田赤十字病院の石井 匡人看護師が現地での活動の様子をお届けします。

地域をカバーする保健チームの活動

私の所属するAPRO保健チームは、災害の緊急対応から平時の予防活動まで、アジア・大洋州地域の赤十字・赤新月社が迅速かつ的確に保健支援を行えるよう、資金支援の調整や技術的な助言を行っています。保健チームは、気候変動への対応支援や避難民支援を行う複数ある専門チームの中の1つであり、平常時からの備えとして人材育成や計画づくりを通じた防災活動の支援に力を入れています。また、けがや急病に備えるための応急手当の知識と技術を広く社会に広め(救急法の普及)、それを教える人材の育成を通じて、地域全体の健康と安全を守る力の底上げにも取り組んでいます。

20250723-4c7d20195d7501560f0b621490b270ee4ee4fb89.JPGインドネシア赤十字社の支部にて感染症予防活動の会議に参加©インドネシア赤十字社

20250723-9050fce7f022b3b68b35fd97d3dda828dd970974.jpgバングラデシュ南部避難民の戸別訪問支援の様子©バングラデシュ赤新月社

緊急時の支援と日頃からの備え

災害や感染症の流行が発生した際、各国の赤十字社が迅速に対応できるよう、私たちは緊急支援の申請や実施に関する支援を行います。特に、被災地の赤十字・赤新月社の単独での対応が困難となる大規模災害の場合、災害救援緊急基金(Disaster Response Emergency Fund :DREF)や緊急アピール(Emergency Appeal:EA)を通じて、必要な資金と支援を確保するための調整を行います。
DREFやEAの活用にあたっては現地の状況を整理し、必要な保健活動を明確にするための助言を行うほか、活動中の課題整理や改善提案等、多岐にわたるサポートを行います。必要に応じて現地に赴き、活動の立ち上げや調整を直接支援することもあります。
また、災害への備えとして、APROでは、「Early Action Protocol(EAP)」と呼ばれる早期行動計画の策定を支援しています。これは、災害や感染症の発生が予測される段階で、あらかじめ定めた指標に基づき、迅速な予防的介入、効果的な初動対応を可能にする仕組みです。
EAPにおいてもAPROの保健要員は、保健活動の立案に関する技術的助言を行います。2025年6月には、スリランカ赤十字社がデング熱の流行に備えたEAPを発行しました。これにあたってAPROは、スリランカ赤十字社と共に過去の流行時期や規模(スリランカでは、2017年および2023年に大規模なデング熱の流行が発生しています)を評価したうえで、赤十字社が介入するにあたっての発動基準(感染者数)を設定しました。EAPとして、発動基準を事前に設定しておくことで基準を超えた場合、速やかに感染抑制のために活動することが可能になります。今回のEAPでは、具体的には赤十字ボランティアによる住民への啓発、蚊の発生源となる水たまりの除去、清掃用品の配付などが計画されており、これにより、今後発生が予想される感染症拡大の抑制と保健システムへの負担軽減が見込まれます。EAPは、限られた資源の中でも、科学的根拠に基づいた的確な備えを可能にする有効な枠組みとして、今後の災害・感染症対応においてますます重要な役割を果たすと考えられます。

20250723-da95a3ce74d5aa3f66feb5083fcf1f67db5028f2.jpg2025年3月に起きたミャンマー地震の時のミーティングの様子©IFRC

20250723-84f842f5a3f07b469750070bb320bcbbf76c87f5.jpg蚊の発生源を断つ(ネパール赤十字社の住民参加型デング熱対策)©IFRC

身近なところで命を救う救急法の輪

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赤十字が救急法の普及に力を入れているのは、緊急時に、周りにいる人が命を救えるようになるためです。事故や病気はいつどこで起こるか分かりません。救急車がすぐに来られない地域では、初期対応が生死を分けることもあります。赤十字の救急法トレーニングを受けていた、パプアニューギニアのエリザベスさんは、海で溺れた1歳の男の子に対し、落ち着いて適切な処置を行い、命を救いました。「私は慌てませんでした。赤十字のトレーニングで学んだとおりに行動できたんです」と語る彼女の言葉は、救急法の力を物語っています。
APROは赤十字・赤新月各社の救急法指導員の育成を支援しています。指導員がそれぞれの地域で救急法の普及を計画・実施することで、救急法の輪がさらに広がり、地域全体の対応力が高まります。
(写真)救急法指導員研修©IFRC

(エリザベスさんのエピソードはこちらからもお読みいただけます)

ボランティアとして地域で生きる

私たちが専門的・技術的な支援を行う一方で、赤十字・赤新月社の活動の中心にいるのは、現地のボランティアです。多くの活動はボランティアの協力なしには成り立ちません。仕事と家事と学業の合間に自らが暮らす地域でのデング熱の予防活動に参加するネパールの女性、客室乗務員として勤務するかたわら救急法の普及に積極的に取り組むブルネイ人の男性、片道4時間という道のりをバイクで移動して赤十字のボランティア活動に協力するインドネシア人の女性…。
私が今回の派遣中に出会ったボランティアたちは、自分たちの活動に誇りを持っていました。同時に、彼らにとって赤十字・赤新月社のボランティアとして活動することは、特別なことではなく生活の中の一部でした。それは、長年にわたり赤十字・赤新月社が地域の課題に寄り添い、ボランティアと共に住民の生活を支えてきた実績があるからだと感じました。今後も、ボランティアと共に信頼される人道団体として活動を続けていくこと。それが、APROが担い続ける最大の責任であると強く感じています。

画像 救急法の指導員として活動するボランティアの女性©IFRC

より効果的な支援を届けるために

平時から緊急時まで、38の赤十字・赤新月社やボランティアの活動を広く支援することは容易なことではありません。赤十字・赤新月各社にはそれぞれ強みと改善点があります。同時に地政学的な問題も少なからず影響します。さらに、私たちは支援した成果や影響を寄付者に正確に公開するという責任も担っています。こうした多様な要素のバランスを捉えながら、受益者のニーズに適した支援を届けると同時に、赤十字・赤新月社の活動を支援してくださる支援者の皆さまに、より信頼性の高い活動結果を報告していくことがAPROの課題です。
日々の活動は、常に明確な答えがあるわけではなく、複雑な現場の中で模索と調整を繰り返しながら、より納得のゆく答えを追い続けることの連続です。だからこそ、一つ一つの経験から学び、より効果的な支援を届ける力をつけていくことが自分に課された課題だと感じています。

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