バングラデシュ:避難民の苦悩とこころのケア活動がつなぐ希望の灯

毎年10月10日は世界メンタルヘルスデーです。心の健康は身体面の健康に比べるとこれまで見落とされがちでしたが、いまや世界の8人に1人は何らかの心の不調を訴えていると言われ、誰にでも関係しうる問題となってきています(2022年WHO)。
バングラデシュ南部のコックスバザールでは、2017年8月に発生したミャンマー・ラカイン州での暴力をきっかけに多くの人びとが同地に避難し、6年目を迎えた現在も約100万人弱の人びとが避難民キャンプでの生活を余儀なくされています。日本赤十字社(以下、日赤)は、避難民の大量流入当初から現在までバングラデシュ赤新月社(以下、バ赤)と協働し、避難民に対する心理社会的支援(こころのケア)を提供しています。避難生活が長期化する中で、ミャンマーへの帰還の見通しも立たず、また制限の多い避難民キャンプでの生活は、避難する人たちの心に大きな負担となっています。今号では、心の健康に対する関心を高めること目的に制定された世界メンタルヘルスデーに寄せて、現地で心理社会的支援に携わる日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院の山田作業療法士から避難民の声やバ赤スタッフの活動を中心に紹介し、避難民の心の健康と人びとがよりよく生きるための支援について考えます。

※国際赤十字では、政治的・民族的背景及び避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。

避難民キャンプでの「こころのケア」活動

私(山田)は2023年4月よりPSS(心理社会的支援)要員としてバングラデシュへ派遣されています。現地で避難民支援にあたるバ赤は、心理社会的支援を提供しています。心理社会的支援は、「こころのケア」とも呼ばれ、個人やグループの感情面や社会面に働きかけ、苦しんでいる人びとが落ち着きを取り戻し、問題に対処していく力を引き出す活動です。バ赤の心理社会的支援チームは、避難民キャンプにおいて、コミュニティセーフスペースと呼ばれる人びとが安心・安全を感じて集まれる空間を提供し、そこで子どもから成人までを対象として年齢・性別にあったさまざまな活動を行っています。

私の役割は、バ赤の同支援チームへの技術支援であり、そのひとつとして、避難民キャンプを定期的に訪問しコミュニティセーフスペースで行われている活動をモニタリングしながら、活動の進捗や改善点を確認しています。その中で、バ赤職員やボランティアと活動をより良いものにするための話し合いを行っています。今回は、私が避難民キャンプを訪れた際に聞いた避難民の声やバ赤職員の活動を紹介します。

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コミュニティセーフスペースでバ赤職員と活動する山田作業療法士(写真右)©日本赤十字社

キャンプでできた友達の支え

右の写真は思春期年齢の男子グループを対象とした活動によく参加してくれている男の子たちです。私も彼らと一緒にコミュニティセーフスペースでの絵画セッションに参加したことがありました。単に絵を描くだけでなく、セッション中に絵を見せ合ったり、絵を描いたときの気持ちを他の参加者と共有するなどして、多感な時期にある子どもたちが気持ちを表出できるよう支援をしたり、社会的なつながりを促すことを目的としています。写真の右端に映っている男の子は、絵を描いた後に皆で輪になって話をする中で、涙ぐみながら次のように話ました。

「英語と数学が好きだけど、キャンプ内では十分勉強できる場所がない。勉強しても仕事がない。でも、ミャンマーからここに来たからできた友だちもいる。そういう友だちができたことは嬉しい」

避難民は十分な教育を受けることは難しく、就労機会も制限されており、キャンプ外への自由な移動も認められていません。ミャンマーへの帰還の目途も立たない状況で、若者は将来に対して大きな不安を抱えています。私は、そんな複雑な気持ちを抱える彼らにとって、コミュニティセーフスペースで友だちと過ごすことが、心の支えのひとつになっているのだと活動を通して感じました。

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グループ活動に参加する男の子たち©日本赤十字社

大切な祝祭も制限される

右の写真の3人は、週に1~2回コミュニティセーフスペースで行われる成人男性向けのグループ活動の常連です。今年6月末に行われたイード・アル=アドハー(※犠牲祭)の数日後、私が同活動に参加した際、彼らが今年の犠牲祭の経験について教えてくれました。大半がイスラム教徒である避難民にとって犠牲祭は大切な宗教的行事のひとつです。犠牲祭では牛や山羊を生贄として神様に捧げ、その捧げられた肉は貧しい人や近隣の人びととも分かち合います。この3人も家族や親戚の家を行ったり来たりしながらお祝いの日を忙しく過ごしたようです。しかしながら、ミャンマーにいた頃のような祝祭はできていないと悲しみと憤りの混ざったような険しい表情でこう話してくれました。

「故郷では広い土地でたくさんの動物を飼育していて盛大にお祝いをしていたけれど、密集したキャンプ内では牛や山羊を十分に飼育することは難しいです。あの頃と同じようにお祝いすることは、今はできません」

敬虔なイスラム教徒が多い避難民にとって、大切な行事を精一杯祝福できないということは大きな問題であり、それは彼らの心の状態にも影響しているはずです。

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成人男性グループ常連の皆さん©日本赤十字社

※イード・アル=アドハ―(犠牲祭)とは
ラマダン(断食)明けの祝祭と並ぶイスラム教の二大祝祭の一つとされており、神への信仰と忠誠心を示すために、牛や山羊などを犠牲として捧げます。

避難民女性を支えるバングラデシュ赤新月社職員

アクリマさん(右写真)は、2021年からバ赤心理社会的支援チームの一員としてコミュニティセーフスペースで活動しています。主に避難民の成人女性や思春期年齢の女子を対象としたグループ活動に関わり、ミシン織りやアクセサリー作りといった活動を女性や女の子たちと一緒に行っています。またコミュニティセーフスペースでは、これらのグループ活動のほかに、心理的応急処置(PFA)といって、アクリマさんのように研修を受けた職員やボランティアがプライバシーの確保された場所で避難民の話をよく聴いて、気持ちを和らげ、落ち着けるように手助けする活動があります。アクリマさんが避難民女性の話を聞いたときのことを語ってくれました。

「夫を失い収入が減ったことから子どもを育てていけるかわからないという不安を抱えていたり、家庭内で夫からの暴力を受けているなど、PFAの中ではさまざまな悩みを打ち明けられます。私はそうした人たちの話をじっくり聴いて、考えや気持ちの整理ができるように支援したり、情報提供をしたり、必要な外部サービスにつなぐ橋渡しをしています。自分がPFAを行った人が元気にしている姿を見かけると嬉しいです」

避難民キャンプでは、文化的、社会的な背景から女性は男性に比べ弱い立場にあり、成人になると女性が家の外に出ることも難しくなることがあります。そのような女性が助けを求めづらい環境で、親身になって寄り添うアクリマさんのような存在は避難民女性にとって心の拠り所となっているのではないかと私は感じました。

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バ赤心理社会的支援チームの職員 アクリマさん©日本赤十字社

希望をつなぐ

避難生活が長期化し、将来の見通しが立たず、厳しい環境で生活し続けている避難民の中には、ストレスが積み重なり精神的に落ち込んでしまい、精神科医や心理士による専門的な支援が必要となる人もいます。また、避難民キャンプでの生活に耐えかね危険を冒してでも第三国に移住を試みようとする人も出てきています。こうした厳しい状況に置かれた避難民に対し、バ赤心理社会的支援チームは、コミュニティセーフスペースやPFAなどの心理社会的支援活動を通じて避難民の心の健康を保ち、少しでも未来に希望をつなぐことができるよう懸命に働いています。

私は、苦しい状況にありながらも前を向いて生きようとする避難民の姿をたくさん見てきて、避難民の「生きる力」を支える心理社会的支援の重要さを改めて実感しました。一人でも多くの人が笑顔になれることを願って、私はバ赤職員やボランティアと協力しながら心理社会的支援の活動を前に進めていくつもりです。

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女の子たちがビーズアクセサリーを作るグループ活動の様子©日本赤十字社

おわりに

心の健康は、私たちが健やかな生活を送るためには切っても切り離せない要素です。避難民の生活は心のバランスをいつ崩してもおかしくない状況が続いています。日赤がバ赤職員や避難民ボランティアとともに行う心理社会的支援は、避難生活が長く続いている人びとの心身の健康と尊厳を守り、避難する人びとが希望をもって生きるために重要なものです。必要な支援を継続的に提供するため、今後とも皆さまの温かいご支援とご協力を引き続きよろしくお願いいたします。

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