2023年度を振り返って ~総括編 第3号 国際救援~

 世界各地では、絶え間なく自然災害や武力紛争による人道危機が発生し、日々、人びとのいのちや健康、尊厳を脅かしています。2023年度を振り返ると、終わりの見えないウクライナ・ロシアの国際武力紛争やイスラエル・ガザ武力衝突などの心痛む戦闘に加え、人びとの生活を一変させる大規模な火災、洪水、地震などが多発した1年でもありました。
 日本赤十字社(日赤)の国際救援は、赤十字の世界的ネットーワークや緊急対応の仕組みを生かした医療・衣食住を即時に支える緊急支援から、海外救援金の募集のもと日赤の強みである保健医療を中心に、被災国赤十字・赤新月社の緊急~復興フェーズを支える支援など様々です。2023年度も現地で必要とされる支援、状況に合わせた国際救援を展開し世界各地で苦しむ人びとに支援を届けてきました。

武力紛争に伴う難民・避難民などへの対応

ウクライナ人道危機救援事業

 2022年2月以降のロシア・ウクライナの国際武力紛争は2年が過ぎた今日もなお続き、厳しい状況が続いています。

 民間人への被害も甚大で、これまでに命を落とした、または怪我を負った民間人は約3万人に上ることが報告されています(UNOHCHR)。今この瞬間にも戦地では攻撃が行われ、毎月数百人の死傷者が報告されており、人びとは攻撃の恐怖の中この2年を過ごしています。

 この武力紛争によって住み慣れた場所から国内外に避難している人びとは、約1,000万人に上りますが、これはウクライナ人口の25%に相当します。避難している人びとのみならず、困難な状況に置かれている人びとが多くおり、今なお約1,460万人が人道支援を必要としている状態で(UNOCHA)、赤十字の調査においてもウクライナ国内に帰還した人びとの49%、またウクライナ周辺国に避難している人びとの55%が未だに緊急の支援が必要であることがわかっています。この武力紛争が始まって以来、ウクライナ赤十字社(ウクライナ赤)は、赤十字国際委員会(ICRC)、国際赤十字・赤新月社連盟(連盟)、また日本赤十字社(日赤)を含む姉妹社とともに、これら困難な状況に置かれている人びとに対して幅広い支援を続けてきました。

居住支援 222万人
物資など基本的支援 1,791万人
現金給付支援 190万人
保護活動 34.3万人
保健医療支援 128万人
避難・移動支援 178万人
安全な水の提供 1,526万人

赤十字全体の支援実績(20222月~202312月)

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緊急対応チームによる救助活動©IFRC

 現在、日赤の主な支援は、ウクライナ赤十字社と協力して実施する二国間支援事業です。ウクライナ赤十字社が策定した3カ年計画「One Plan 2023-2025」に沿って、保健医療分野、社会福祉分野、緊急支援分野において9事業を実施しています。この武力紛争に終わりが見えないなか、緊急支援が必要な状況が続いていますが、今後の復興支援も見据えた場合、保健医療分野や社会福祉分野にかかる事業もますます必要になってきています。現在、保健医療分野においては約780万人が支援を必要としていますが、これは保護活動や安全な水の供給に次いで必要とされている支援です(UNOCHA)。また、この武力紛争は高齢者や障がいを抱える特に支援を必要とする人びとの日々の暮らしを困難にすることにもなり、これらの人びとを支える社会福祉事業も必要となります。日赤は、保健医療や社会福祉に関する事業をウクライナ西部地域(リヴィウ州、イヴァノ=フランキウスク州、ジトーミル州、ヴィンニツァ州)を中心に実施しており、リハビリ部門や保健医療分野に精通した職員の派遣により技術支援・事業管理も積極的に実施しています(参考:活動報告会/支援の進捗動画)。多くの方々からお寄せいただいた「ウクライナ人道危機救援金」を通じたこれら事業の実施は、困難な状況に置かれている多くの人びとの支援に繋がっています。

保健医療分野

緊急支援分野

 巡回診療事業

 救急車支援

 リハビリテーションセンター支援

 緊急対応基金支援

 ウクライナ赤十字社組織強化支援

 厳冬期対策支援

社会福祉分野

 現金給付支援

 コミュニィティセンター支援

 緊急対応チーム支援

 在宅ケア支援

二国間事業の一覧(20242月現在)

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リハビリテーション施設(イヴァノ=フランキウスク州)にてニーズ調査を行なう日赤職員(理学療法士)

ウクライナ人道危機救援事業:
https://www.jrc.or.jp/international/results/ukraine_jrcs.html



イスラエル・ガザ人道危機救援事業

 2023年107日以降のイスラエルとガザとの間での武力衝突の激化から来月7日で半年が経過しようとしています。イスラエル・ガザ双方で死者数は3万人を超えました。イスラエルでは130名以上の人質の家族が不安と苦しみを抱えたまま過ごしています。ガザ地区では大量の避難民が中部から南部に滞留し、食料や水、薬など基本的な生きるために必要なものが不足している深刻な状況です。円滑な人道支援を行うため、戦闘の停止などの事態の打開が急務です。

 赤十字は当初より苦しい状況にある人のために支援を行ってきました。パレスチナ赤新月社(パレスチナ赤)は、ヨルダン川西岸地区ラマラに本社を持ち、パレスチナ難民を支援するために、難民キャンプのあるガザ地区や周辺国に支部を持つ形で今も活動を続けています。負傷者の搬送や処置、ラファ検問所からの救援物資の受け取りと配付、避難所における支援などを行っています。赤十字国際委員会(ICRCは、国際人道法の守護者として当事者への国際人道法遵守の働きかけを行いながら、人質解放・被拘束者の釈放時の中立な立場としての引渡し支援、緊急保健医療の提供等、継続した支援を行ってきました。イスラエルでは、イスラエル・ダビデの赤盾社(MDAが、救急車での負傷者搬送や輸血用血液の確保、ガザ境界沿いから避難した国内避難民の支援などを行っています。周辺国ではエジプト、レバノン、シリア、ヨルダンなどの各赤十字・赤新月社が難民流入に備えて準備を行っています。中でもエジプト赤新月社は、ガザ地区と接しているシナイ半島北部での活動をエジプト当局から許可された唯一の組織であり、国連をはじめとした人道支援団体とも協働し、ラファ検問所を通じた支援物資輸送の中心的な役割を担っています。国際赤十字・赤新月社連盟(連盟は、各国赤十字社の活動をサポートしています。

 日本赤十字社では現地の活動を支えるため、20231017日から救援金の募集を開始、これまでに47,7255,711円(2024131日現在)のご寄付を頂き、MDA、パレスチナ赤、連盟、ICRCに順次資金援助を続けており、厳しい状況下、最も有効な支援の方法について協議しています。

 また、これまでに20回にわたるニュースの配信、赤十字の7原則や国際人道法の普及・遵守に向けた発信や報告会を実施してきました。

 赤十字は引き続き苦しい状況にある人びとへの支援を継続し、国際人道法遵守の必要性を訴えていきます。

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人質解放時、引渡し支援を行うICRC©AFP

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現場に向かうパレスチナ赤スタッフ©PRCS

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負傷者を搬送するMDAのスタッフ©MDA

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人道支援物資の搬入行うエジプト赤新月社の職員©ERC

イスラエル・ガザ人道危機救援事業:
https://www.jrc.or.jp/international/results/Israel_Gaza.html

中東人道危機救援事業

 70年以上続くパレスチナ・イスラエル問題、2010年以降の各地での散発的な武力衝突など、中東地域では多くの人びとが長引く紛争や暴力の影響を受けて暮らしています。中でも国内外へ逃れた難民・避難民は食糧や安全な水や衛生的な環境、基本的な医療サービス等、生活インフラへのアクセスも制限されています。また、度重なる自然災害やレバノンのように近年の経済危機による物価上昇で医薬品等の価格高騰が進み、苦しい生活を強いられる国もあります。日赤では2015年から中東地域代表部をレバノンの首都ベイルートに構え、現地の赤十字社、国際赤十字と共に、中長期的な支援に取組んでいます。今年度は二国間事業としてパレスチナ赤新月社(パレスチナ赤)との医療支援事業、レバノン赤十字社(レバノン赤)とのプライマリーヘルスケア拡充事業に取組み、国際赤十字・赤新月社連盟や赤十字国際委員会を通じて、紛争地の赤十字の活動の支援(食料や安全な水の提供、衛生環境の整備等)を行ってきました。以下では二国間事業について詳しくお伝えします。

 パレスチナ赤との医療支援事業は、同社がレバノンとガザ地区で運営する病院の医療サービスの質向上を目的に実施しています。パレスチナ難民の医療従事者は、移動などの制限により日々進化する医療技術を学ぶ機会が限られるため、日赤から医療従事者を派遣し、学びの機会を提供するものです。今年度はレバノンへ医師3名、看護師5名、事業管理要員3名を、ガザへ地域代表1名、医師2名、看護師1名、助産師1名を派遣しました(事前調査等を含む)。レバノンでの活動としては、救急外来や病棟での患者対応、エコーの診断能力の向上や多数傷病者受入れ体制の構築などを現地の医師・看護師と共に行いました。ガザでの活動は、コロナ禍ではオンラインによる支援を行ってきましたが、昨年7月より日赤職員の派遣を再開し、看護実践能力の向上、新生児ケアの強化に取組みました。なお本医療支援事業については、昨年10月以降の地域情勢の変化に伴い、レバノン・ガザ共に一時中断しています。

 レバノン赤とのプライマリーヘルスケア(PHC)拡充事業は、慢性および急性疾患等の予防医療サービスへのアクセスの改善により、レバノン国内の死亡率と罹患率の低減に寄与することを目的としています。具体的にはレバノン赤が同国内で所有する診療所の運営を支援するもので、今年度はトリポリ、バトロン、ブシャーレの3診療所の設備改修や運営支援を実施しました。レバノンで暮らす脆弱な住民や、150万人にのぼるシリア難民にとって、地域の診療所は健康の最後の砦です。上水タンクや排水管網、水飲み場・手洗場やトイレなどの整備によって、より衛生的で利用しやすい環境が整えられ、1日あたりの平均利用者が3倍になったとの報告が寄せられています。

 中東地域においては、昨年10月7日に激化したイスラエルとガザの間での武力衝突をはじめ、その他の国々において複合的な人道ニーズが拡大する一方です。日赤は当該地域で苦しむ人びとに寄り添えるよう、支援を継続していきます。

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パレスチナ赤医療支援事業(レバノン)

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パレスチナ赤医療支援事業(ガザ)

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パレスチナ赤医療支援事業(ガザ)

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レバノン赤PHC拡充事業

中東人道危機救援事業:
https://www.jrc.or.jp/international/results/middleeast_jrcs.html

バングラデシュ南部避難民支援事業

2017年8月、ミャンマー・ラカイン州での暴力から逃れるため、多くの人が隣国バングラデシュ南部に避難してから今年で7年。今もミャンマーへの帰還の見通しが立たず、衛生状態の悪い生活環境や自然災害のリスクにさらされる過酷な状況に加え、経済的・社会的にも大きな制約を受けながら約100万人が避難民キャンプでの暮らしを余儀なくされています。世界各地で発生する災害や紛争の影響により、支援団体や支援資金が減少傾向にある一方で、人びとは日々の生活を支援に頼らざるを得ず、避難民キャンプにおける支援ニーズは依然として高い状態が続いています。日赤は、2017年9月からの緊急医療救援に続いて2018年5月からは保健医療支援事業を開始し、バングラデシュ赤新月社を主体とした保健医療の提供、慢性疾患への対応や母子保健の改善、疾病予防などに重点を置いた支援を行っています。

 本事業では、診療所での活動、地域保健活動並びに心理社会的支援(こころのケア活動)等が相互の連携を強化することで、支援が必要な人たちを取りこぼすことがないよう、より包括的な支援を提供することを目指しています。2023年度(202312月時点)、診療所では毎月2,700人前後の受診があり、のべ2万4,000人に一般診療と母子保健サービスを提供しました。診療所では糖尿病や高血圧など慢性疾患の受診者数が増加しており、診察と並行して慢性疾患患者向けの生活習慣の改善や運動指導を実施しています。母子保健サービスでは、出産の機会が多く、新生児の死亡率が高い避難民キャンプで産前産後健診や新生児健診、家族計画カウンセリングを実施し、妊産婦の健康維持と子どもの健やかな成長を支えています。

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診療所での診察の様子

 地域保健活動では、避難民自らがボランティアとなり、コミュニティ内の家庭訪問やグループでの健康啓発活動をとおして感染症予防や応急手当、栄養等に関する知識の普及等を行っています。家庭訪問は月にボランティアが2回以上訪問することを目標としており、2023年度(202312月時点)は3万4,000回以上の訪問が行われ、グループでの健康啓発活動は3,900回以上実施されました。継続的なボランティアの地域コミュニティへの関わりをとおしてボランティアと地域住民の信頼関係が築かれています。また、ボランティアと診療所のスタッフは定期的な情報交換をすることにより相互に良い協力体制を構築しており、こうした信頼関係と相互連携を土台として、例えばボランティアは慢性疾患の患者が健康的な生活習慣を維持できるように診療所への定期受診を促したり、地域の妊産婦の産前産後健診の受診状況を確認したりといった地域住民と診療所をつなぐ活動に努めています。避難民キャンプのように医療資源が限られた環境では、健康知識の普及や病気の予防が重要性を増すため、それらの普及・啓発を草の根で行い、地域の健康を守る地域保健活動が大きな役割を担っています。さらに、避難民を受け入れているバングラデシュのホストコミュニティも生活に大きな影響を受ける中で、2023年度は同コミュニティでも地域保健活動の活動地域を拡大してサービスの提供を行っています。

 心理社会的支援では、のべ1万人以上に支援を提供しました。子どもから大人までを対象に、各世代の興味や生活に即した活動や個別の心理的応急処置などを通して、先の見えない日々への不安を軽減し、自己肯定感や地域でのつながりを意識し、希望をもって生きるための支援を続けています。診療所でも医師や助産師から紹介を受けた方を対象に心理的応急処置を行い、患者さんの困りごとや悩みを聞いてさらに必要な支援やサービスにつなげる制度を拡充しました。

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心理社会的支援活動で作った自作の洋服を見せてくれる避難民の女の子

バングラデシュ南部避難民に対する支援は、支援団体や支援資金の減少、危機の長期化に伴うニーズの変化に対応するため、事業の整理や合理化のプロセスが国際社会全体として進められています。危機の長期化が見込まれる中で、限られた資金や資源を効率的に有効活用していくために支援方法の見直しが急がれています。

長期化の様相を呈する現在の状況において、日赤の事業に関わる現地のスタッフや避難民ボランティアは事業への継続的な関わりを通じてコミュニティへの貢献という使命感や活動に対する自信が醸成されています。日赤は保健医療支援によって避難民や地域の健康促進に寄与するとともに、活動に関わる人びとが自らの困難に立ち向かう力を養っていけるよう支援していきます。

(※国際赤十字では、政治的・民族的背景および避難されている方々の多様性に配慮し、「ロヒンギャ」という表現を使用しないこととしています。)

バングラデシュ南部避難民保健医療支援事業:

https://www.jrc.or.jp/international/results/bangladesh_jrcs.html

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