日航機墜落事故から40年が経ちました
昭和60年(1985年)8月12日の「日本航空123便墜落事故」から40年の月日が流れました。
乗員乗客524人のうち520人もの尊い命が失われたこの事故は、単独機の航空事故における死者数で史上最大のものとなりました。
日本赤十字社は、当時、8月13日から9月28日まで、医師や看護師、事務職などで構成する救護班を154班、延べ1033人(うち、群馬県支部55班、延べ319人)を派遣し、生存者の救護や遺体の検案などにあたりました。
特に、日赤の看護師は、対応にあたった県・医師会・日本航空を含む各機関をあわせた1008人の看護師のうち623人にのぼり、大きな役割を果たしました。
過酷な状況下で献身的な活動に従事され、「人間のいのちと健康、尊厳を守る」という赤十字の使命を、身をもって果たされた先達の皆様に改めて敬意を表しますとともに、その想いを継承していくことが私たちの責務であると感じています。