「家族」をつくる

10月は里親月間~秋田赤十字乳児院の里親支援~

毎年、夏休みに開催される乳児院の「おかえりなさい会」。きー君(左)とルー君(右)と触れ合う秋田赤十字乳児院の保坂院長(中央)


秋田赤十字乳児院には、泣くのを我慢するために、自分の手を強く噛む子がいます。
生みの親から優しくなでられた経験もなく、預けられた子がいます。
親の病気、育児放棄、虐待…さまざまな事情を抱えた子どもたち。
その中に、生後すぐに預けられ、実の兄弟のように育った、二人の男の子がいました。
きー君とルー君(共に仮称)。二人は4歳になり、乳児院を出て、里親と暮らし始めました。

それから2年半。小学校1年生になった二人はどのような家族と暮らしているのか?
二人の里親にお話をうかがいました。



【乳児院とは】
家庭で養育できない0歳からおおむね2歳までの乳幼児を養育する児童福祉施設。必要がある場合は小学校就学前まで養育する。児童相談所が乳幼児を一時保護した場合の保護機能も担っている。

旅立ちのとき

2017年1月。乳児院を出るきー君(左)と、ルー君(右)


2017年1月。里親との新しい生活に向けて、きー君とルー君は一緒に乳児院の玄関を出ました。
実はきー君は2歳のとき別の里親に預けられたことがあります。でもうまくいかず、半年で乳児院に戻されました。
きー君にとって2度目の里親。きー君の不安を少しでも減らすために、そして、ルー君が、一人残されて寂しくならないようにと、乳児院は二人の旅立ちの日を同じ日に決めました。
それぞれの里親が迎えに来て、いよいよ出発という、その瞬間。
誰に言われるでもなく、きー君とルー君は手を握りました。

ぎゅっと、固くつながれた小さな手。一歩一歩進める、力強い足取り。まだ4歳。

けなげな二人の背中にはたくさんの不安と緊張がのしかかっているようで……。見守る職員たちは心の中で、二人の小さな後ろ姿に“ガンバレ!”とエールを送りました。

今年8月、乳児院が企画した「おかえりなさい会(1日里帰り)」には、小学生になった、きー君とルー君の姿が。
初めはなんだか照れくさくて、ちょっともじもじ。でもすぐに大はしゃぎで乳児院の中を駆け回りました。
再会した感想を二人に聞くと「うれしい!」「楽しい!」と答えます。思うぞんぶん遊んだ、きー君とルー君。楽しい時間が終わっても、「バイバイ」「またね!」と笑顔です。
家が遠く離れていて、次はいつ会えるか分からないけれど……今の家族との幸せな生活が二人の心を強く明るくしているから。
別れのあいさつで涙は見せません。

2019年8月。久しぶりの再会で、恥ずかしがる、きー君とルー君

きー君家族の物語 ~僕らを家族にしてくれてありがとう~


松崎高志さん・幸子さん(共に仮名)ご夫婦は、40歳になってもお子さんに恵まれないことから不妊治療を始めました。

「どうしても子どもが欲しくて、5年間治療を続けました。不妊治療は保険も利かないので経済的にもきつかったし、二人とも仕事が忙しくて負担もありましたが、諦められなくて」。そう語るのは高志さん。

そんなある時、里親制度のことを知りました。自分たちも里親という形で子どもを持てるのだろうか?どきどきしながら児童相談所に問い合わせたところ、「まずは、乳児院に見学に行かれてはいかがですか?」と、秋田赤十字乳児院を紹介されました。保坂院長との面会の後、乳児院でボランティアを始めた二人。忙しい仕事の合間を縫って乳児院に通い、里親の研修も受け、約1年をかけて、きー君を戸籍上の実子(特別養子縁組)として迎えました。

きー君との生活はいかがですか?と聞くと「毎日、生活にハリがありすぎます」と笑顔で答える幸子さん。
「とにかく、やんちゃで。あの子にお母さんってどう?と聞けば、きっと“毎日怒ってるよ”と答えるでしょうね。でも怒るときは、大好きだよ、大人になるために大切なことだから、強く言うんだよ、と話しています。あの子が家に来て数カ月は、気をつかってこんなふうに叱れなかったけれど、ようやくちゃんと叱れる親になれました」
きー君は松崎さんに引き取られる前に、違う里親家庭を経験しました。3歳前後の頃でしたが、きー君の記憶に残っていたようで、それが幸子さんを悩ませたそうです。
「きーは私が手をつなぐと、すっと手を離すんです。夫には甘えて、いつまでも手をつないでいるのに、私にはそれがない。私のこと嫌いなのかなぁ、と落ち込みました。でも後で児童相談所の方から、前の里母が彼に冷たくあたったという話を聞いて、“お母さん”という存在が苦手なんだ、いつかは仲良くなれるといいなと思うようになりました。それから数カ月たったとき、保育所からの帰り道で、きーが突然、“お母さん、僕たちって家族だね。これからもずっと3人で暮らそうね”と、何の前触れもなく言ったんです。もう、びっくりして。車の運転中なのに前が見えないくらい涙があふれてきました」

きー君との2年半を振り返り、高志さんは、
「子どもができないと悩んでいた頃は絶望的な気持ちでした。でも今は、子どもができなくて良かった!と本気で思っています。きーと出会えた、私たちを家族にしてくれてありがとう、と感謝してやみません」と語りました。

【特別養子縁組とは】
戸籍上に「養子」という記載がなく実子として登録される法的制度。

〈秋田赤十字乳児院 保坂院長の言葉1〉 すべての子に、あたたかい「家庭」を

保坂美貴子院長


生後20日で乳児院に来た、きー君。元気で小さな小猿さん。実の家族に育てることができない事情があって、初めから「養子縁組」できる里親を探しました。最初の里親が決まったのは2歳のとき。幸せになってね、と願いをこめて送り出しましたが、3歳の誕生日を2カ月過ぎた頃、乳児院に戻されました。里親家庭で問題が起きて…。25年以上この乳児院に勤務していて、そんな事例は過去に1度きり。今は里親研修もあって、その里親の様子もよく分かっていたのに、見抜けなかった。悔しかったですねぇ。

秋田赤十字乳児院では、職員は母親代わり、父親代わりになって子どもたちを育てています。でも、子どもたちにとって、子ども全員を世話する職員は「親」ではない。自分だけを見て、世話をしてくれる「親」が必要です。里子になって、そういう「親」と暮らし始めた子どもは、自信が出てくる。自己肯定感が高まって積極的になります。秋田県には生みの親と暮らせない子が約200人いますが、一日も早く、あたたかい「家庭」で暮らせるようになってほしい。だから私たちは里親制度の啓発を続けています。

ルー君家族の物語 ~何があっても、乗り越えていける~


ルー君の里親になった大島正樹さん・美紗さん(共に仮名)ご夫婦。子どものいないお二人は乳児院でボランティアをしていましたが、里親になる意思はありませんでした。院長から里親になってみないかと誘われても、 “この乳児院の子どもたちは幸せそう。里親は必要ないのでは?”と本気にしませんでした。しかし、転機が訪れました。ある時、ラジオから乳児院の話題が聞こえてきて思わず聞き入ってしまったそうです。
「子どもたちは大人になってから苦労するという話でした。保証人がいないから、進学や就職、賃貸契約などで困ったり。また、施設と違う、ほっとできる家庭の温かさが必要だ、という話で、なるほどそうなのか、と」。

子ども好きの大島さんご夫婦は、夫婦で営む店に来る子どもたちをかわいがっていました。多忙な店の仕事を抱えながら、子どもたちのためにイベントを企画するほどでした。そのラジオを聞いた後、正樹さんは考えたそうです。
「子どもって、みんなかわいいし、子どもと一緒に何かをするのは楽しい。…家族って何だろう? 夫婦だって、元は他人なのに家族になる。家族になるのに血のつながりなど関係ない。愛情さえあれば、家族になれる”」。
気持ちが決まった大島さんは里親研修を受け、ルー君の「養育里親」になりました。しかし、それは親としての試練の始まりでした。

美紗さんはルー君を迎えた当時を振り返ります。
「ルーはとても繊細。我が家に来て眠れなくなりました。新しい環境のストレスでアトピーがひどくなり、私たち夫婦は交代で起きて1時間おきに体をさすっていました。今思えば、授乳期間ですね。ルーは4歳でしたけど、普通の乳児のように授乳期間の大変さを経験させてくれたんだな、って」

体調の悪いルー君の世話で美紗さんは3カ月間、お店に出ることができず、正樹さんが美紗さんの分まで働きました。ルー君は少しずつ眠れるようになりましたが、心身ともに安定した状態になるまで1年を要しました。ご夫婦は寝不足でフラフラになりながらルー君の世話を続けたそうです。

実の子どもではないのに、 “もう無理だ”と投げ出したくなりませんでしたか?と聞くと、お二人そろって「考えたこともなかった」と答えます。

「ルーのおかげで、毎日が豊かになりました。ご近所とも、お店の従業員とも、ちょっとした会話や交流が増え、人間関係が広がったと感じています。今は、ルーを中心にいろんなことが回っています。毎日、ルーがいてうれしい、宝物だよ、と話して、抱きしめています」

最近、ルー君は美紗さんに「お母さんに会いに行きたいな」とつぶやいたそうです。ルー君にとって美紗さんは「ママ」、産んだ母親は「お母さん」という明確な線引きがあります。でも、美紗さんはルー君の言葉を素直に受け止めました。「そうだね、いつか会いに行けるといいね」と、ほほ笑みあったそうです。大島さんご夫婦は、ルー君と心の深いところでつながっている、と確信があるから、何が起こっても受け止めていける、と語ります。美紗さんの夢は、いつかルー君の実の家族と仲良くバーべキューができるようになること、だそうです。

【養育里親とは】
子どもの戸籍や名前を変えることなく、最大20歳になるまで養育する里親。国からも養育費・教育費の補助が出るので、経済的な負担は軽減される。

遊び疲れたルー君をだっこする里親の大島さん

〈秋田赤十字乳児院 保坂院長の言葉2〉 あなたもなれる「養育里親」


ルー君はお約束をしっかり守る、優しくて繊細な子。こんなに良い子なのに、実の家族が反対していたため、なかなか里子に出せませんでした。家族を説得し続け、ようやく了承を得たときには4歳になっていました…。ルー君のように里子に行くことを実の家族に反対されるケースは多いのです。そしてそのまま養護施設で育ち、里親などの後ろ盾もなく社会に出ることになります。養子縁組も、養育里親も、子どもが幼ければ幼いほど、うまくいきやすい。子どもを乳児院に預けている親御さんには、その子の幸せを一番に考えて決断してほしい。そして世の中の、“子どもってかわいいな”と思える全ての大人に知ってほしい。養子縁組とは違う、「養育里親」という、子どもたちを幸せにする方法があるんです。子育ては一筋縄ではいかないけれど、「養育里親」は、とても素晴らしい、そして大切な役割を担ってるんですよ。

この記事は赤十字NEWS 2019年10月号の掲載内容をオンライン用に編集したものです。
赤十字NEWS紙版は下記からPDFでご覧いただけます。

PDF版を見る