バングラデシュ:日赤支援の診療所、12/9で開設1周年

 2017825日にミャンマー・ラカイン州で発生した暴力行為を逃れ、隣国バングラデシュに避難した人々※の数は70万人以上にのぼり、以前からの難民20万人とあわせ、アジアで最大の人道危機となっています。日本赤十字社(以下、日赤)は、20179月から医療スタッフを現地に派遣するとともに仮設診療所を設置、129日に開設1周年を迎えました。

今回は、避難民キャンプの最前線で活躍された川口真由美看護師(福岡赤十字病院)と患者さんとのエピソードを紹介します。

※国際赤十字では、政治的・民族的背景および避難されている方々の多様性に配慮し、『ロヒンギャ』という表現を使用しないこととしています。

ある患者さんとの出会い

 私がその患者さんと出会ったのは、ある晴れた暑い日でした。

片道30分かけて、近所の人にかつがれて診療所に来た40代くらいのその患者さんの足は、悪臭を放ち、組織が腐りかけていました。一度は病院へ送られたものの、手の施しようがないと家に帰されたのでした。末期がんです。

01_近所の人にかつがれてきた患者さん ©日本赤十字社.jpg彼の家の周辺にも医療を提供する設備はありますが、以前に日赤の仮設診療所で治療を受けたから、という理由で来たようでした。ここで一緒に働く地元スタッフは、ひどい悪臭と医療資機材、特にガーゼをいっぺんに使ってしまうこと、手の施しようがないと言われたことから、処置を嫌がりました。

 

近所の人にかつがれてきた患者さん

「あなたたちがやらないなら、わたしがやる」と私がその人の処置をするようになりました。コストをできるだけ抑えるため、ガーゼの間に脱脂綿をは さみ、少しでもガーゼの使用量を減らして包帯を少なくするため、あまった布で三角巾をアレンジしました。そんな私の姿をみて、スタッフたちも少しずつ手伝ってくれるようになりました。

訪問看護のはじまり

02_患者さんの家までの道のり ©日本赤十字社.jpgのサムネイル画像のサムネイル画像

その患者さんが診療所に2回目に訪問されたとき「いったいここまでどのくらい時間がかかるのか?」と聞いてみました。30分くらいとの返事でした。

30分も担がれてきているのかと驚いたのを覚えています。試しに一度家までついていくことにしました。山を2つ、3つ、橋を5つ、6つ越え、ようやくたどり着きました。

                                                                      

                             患者さんの家までの道のり

我々が何かをしなくては?と思う一方、迷いもありました。患者さんは一人だけではない。ましてや、一人の患者さんに対して始めると、時間と人手が取られて診療所がまわらなくなるのではないか、でも、訪問してあげたい。何度も葛藤しました。

チームメンバーは「患者さんのために何かをしてあげたいという気持ちを忘れてはいけない。」と私の背中を押してくれました。こうして診療所の運営に支障が出ないようにするという条件付きで、私たちの訪問看護が始まったのです。

■生きる力を支える

 彼の今後はどう看とるのか。痛みに苦しんでいても強い鎮痛剤を出すこともできず、病院へ入院させるにも、災害の時とは状況が違い、難民であるがゆえにいろいろな困難がふりかかります。家族にどうしたいかを確認すると、病院に行きたいとの希望がありました。しかし、病院に行くにはお金が要ります。世話をする人が要ります。そうなれば奥さんがついていくとのこと。

03_患者さんの治療にあたる日赤看護師 ©日本赤十字社.jpg

04_患者さんの血圧を確認する日赤看護師 ©日本赤十字社.jpg

   患者さんの治療にあたる川口看護師         患者さんの血圧を確認する川口看護師

しかし、残されるのは一番上が13歳の6人の子どもたち。キャンプ内の配給は15歳から。つまり、両親がテントを出ると、子ども6人だけでは生きていくことができません。子どもはどうするんだと確認しましたが、「親戚もいないし、神さまが何とかしてくれる。」と言われました。痛みも十分にとってあげれず、ただガーゼと包帯を替え、血圧や脈拍を測るだけですが、それでも患者さんの奥さんは本当に喜んで何度もありがとうを言います。

 
「お金がなくて病院も行けず、診療所に運んでもらうのもお金がいる。お金がない。そんな時に、あなたたちが来てくれた。本当にありがとう。」と奥さんは見えなくなるまで私を見送ってくれました。

最後の父との思い出に家族写真を撮ってあげようと思った10回目の訪問。いつもの時間に家族のお迎えが来ません。家へ直接訪問したところ3日前の夜に彼は苦しみながら亡くなったと聞きました。気が付けば私は家に駆け上り、奥さんを抱き寄せていました。

「苦痛を取ってあげられないと悔し涙を流すこともありましたが、自分たちの仕事は生きる力を支える仕事であるんだと実感しました。私たちの仕事は人間らしく生活できるための支援をすることも求められています。あの家族にとって、訪問看護は、治療をする以上に意味のあることだったかも知れません」と川口看護師は力強く語ります。