6月14日は「世界献血者デー」

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オーストラリアの血液事業

6月14日は、血液という「いのちを救う贈り物」を提供してくださる献血者の皆様に感謝するとともに、血液製剤を必要とする病気やケガをした人たちのために献血が欠かせないことを知っていただく日。また、ABO式血液型の発見によりノーベル賞を受賞したカール・ラントシュタイナーの誕生日でもあります。

「世界では“無償の献血”が当たり前ではない」

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    パキスタンの献血の様子©IFRC

現代の日本では安全で安定した血液の供給が可能となっていますが、昭和20年代前半まではその場で採血した血液をそのまま患者さんに輸血していたこと、そのため多くの輸血事故が発生していたことをご存知でしょうか。

その後は、民間の血液銀行という施設で人が血液を売ってお金を得るようになり、短い間隔で血液を売り続けることによる健康問題とその血液を輸血された受血者の肝炎感染が社会問題となりました。

これらを受けて、日本の政府は昭和39年、輸血用の血液は献血により確保することを決定しました。その後、民間の血液銀行は撤退し、日本赤十字社(以下、日赤)が輸血用血液製剤の採血から供給までのすべてを行うようになり、今日に至ります。

一方、WHOのデータによれば、世界では家族からの血液提供もしくは売血により、必要な血液の50%以上が賄われている国が、72カ国もあります。WHOは、2020年までに自発的な無償献血100%達成を目標に掲げており、各国がこの目標達成に向けた取り組みを行っています。

“ボォーリチャーク・ルア・ヤーン(献血は怖い)”の克服

日赤は、ラオス赤十字社(以下、ラオス赤)をはじめとしたアジア地域の国への血液事業支援を行っています。ラオス赤への支援開始当時(平成7年)は、首都ビエンチャンの血液センターを訪れる献血者は年間たった5人程度で、輸血に必要となる血液のほとんどが売血や家族からの血液提供で賄われている状況でした。献血の知識が普及していなかったラオスでは、「ボォーリチャーク・ルア・ヤーン(献血は怖い)」と、献血を極端に怖がる人が多く、中には献血者を見つけることができず、患者さんが輸血を受けられないこともありました。その状況を改善するため、日赤は現地に専門家を長期派遣して、献血思想の普及等の課題に現地職員と一緒に取り組んできました。その結果、平成15年には首都ビエンチャンでの無償献血100%を達成し、平成27年にはラオス全土で約90%まで到達しています。

平成24年からは、採血・検査・製剤等の血液製剤の製造に関する手順書を作成し、患者さんにより安全で品質の保証された血液製剤を届けるための全国的な仕組みづくりに対する支援を開始しました。日赤の考えを押しつけるのではなく、ラオス赤にできることと必要なことを洗い出し、互いに納得いくまで話し合いながら手順書を作成しました。

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   ラオスのユースドナークラブのメンバー

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   献血会場には、興味津々の学生がたくさん集まる。

ラオスの支援に長年にわたり関わった日本赤十字社近畿ブロック血液センターの小河英人技術部長は、「20年もの協力関係を経て、約500万人以上の国民を有する一国の血液事業の保健衛生レベルを格段に向上させたことは、赤十字精神に合致している。さらに、ラオス赤職員が血液事業への責任と自覚を持ち、仕事に従事し始めていることが日赤の支援の大きな成果と感じている」と語ります。

若い世代の献血者

仏教国ラオスでは、オレンジ色の袈裟を着たお坊さんが献血をする姿も。(写真は献血前の問診の様子)

ラオスの公衆衛生に寄与する血液事業は、ラオス赤のなかでも最優先の活動の一つとして位置づけられています。また、最も成功した開発協力事業ということで国際的にも高く評価されています。若い世代の献血率が世界の中でも高く、25歳未満の献血者が全体の約90%で、学生の献血が多いことに特徴があります。ちなみに日本は10代・20代の合計で21.6%!ラオス赤は、輸血を必要とする患者さんに、安全で品質の保証された血液製剤が、全国どこでも必要なときに安定的に供給できる体制を整えることを目標としています。ラオスへの血液事業支援は、平成28年度をもって終了しましたが、今後もこれまで築きあげた協力関係を大切にし、輸血を必要とする患者さんに安全な血液をお届けするために、日赤にできる協力に努めていきます。

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