フィリピン:緊急救援から復興へ、地元の期待に応える姿勢

2013年、台風「ハイエン」がフィリピンに猛威をふるい、甚大な被害を及ぼしてからおよそ3年になります。日本赤十字社では、発災直後からセブ島北部のダアンバンタヤン郡にて、緊急医療救援を開始し、その後も続けて同地で復興支援を行って参りました。その復興支援も終盤を迎え、被災者への援助を無事に完了させた、渋谷美奈子保健要員(武蔵野赤十字病院)より報告します。

医療施設の再開を目指して

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マヤ村のRHUで開始された緊急救援活動(2013年11月)

ダアンバンタヤン郡の中でも最北端、海に臨むマヤ村にあるRHU(Rural Health Unit、地方保健施設)も、台風「ハイエン」で大きな被害を受けた医療施設の一つです。フィリピンでは、バランガイ(集落)にBHS(簡易診療所)があり、その次に大きな保健医療施設として、RHUがあります。

RHUは、医師、看護師、助産師、検査技師が常駐し、お産による入院や外傷の簡単な処置、下痢や高血圧といった内科疾患の処方などが出来る設備を備えた施設です。

台風で被災する前は、マヤ村のRHUも、人口8万5千人のダアンバンタヤン郡の7つのバランガイ(集落)の保健医療施設として、風邪や高血圧、怪我などの患者さん、また1カ月に15~20人の出産で毎日大忙しでした。

ところが、台風「ハイエン」でマヤ村のRHUは屋根や壁が崩れて機能しなくなってしまい、周辺でお産を扱える入院可能な医療施設は、もう1つのRHUと郡立病院の2カ所だけとなってしまいました。そして、どちらの病院も、このセブ島北端の地域からはとても遠いのです。

被災後、日本赤十字社では、このマヤ村RHUにテントを張って拠点とし、周辺の被災住民のために緊急医療救援活動を行いました。また、RHUの崩れた屋根や外壁などを修復し、なんとか雨風をしのげる状態にしました。

こうして建物を直して、緊急救援活動を終了する頃、ようやく外来患者の受け入れは再開できました。しかし、入院を要する出産受け入れだけが再開を見ないまま、同僚の看護師たちは心残りを抱えつつ帰国しました。

同僚たちからわたしへと、緊急救援から復興支援へと、気持ちを引き継いだつもりではあったのですが、なかなか前へと進めない時間が続きました。復興支援事業の中では、住居建設や生計の建て直し、学校での保健衛生活動に対する優先度が高く、また保健省の手続きも遅々として進まず、入院を必要とするお産の受け入れだけがなかなか再開されずに時が流れたのです。とうとうあるとき、「えっまだ再開してないの?こんなに時間が経ったのに?」と、緊急救援に派遣されていた同じ病院の看護師から言われてしまい、「そう思いますよねえ。いろいろあって進まないんですよ…」とこちらも言い訳がましく答えるしかありませんでした。

フィリピンでは十数年前まで自宅分娩が主流でした。しかし、現在は政府の方針で病院で産まなくてはならなくなりました。まだ分娩を扱える病院の数は少ないのに、「合計特殊出生率」*が日本の2倍近くにのぼり、近所の病院で産めないということは、妊婦さんとその家族への負担ばかりか他の分娩施設にとっても大きな負担となっていました。

*合計特殊出生率…一人の女性が生涯に産む子の平均数を用いた、統計上の指標。フィリピンは3.06、日本は1.46(2015年現在)

地元でお産を

マヤ村のRHUを訪れると、妊婦健診にきている妊婦さんや小さい子を連れたお母さんたちが大勢順番を待っています。RHUで働いている看護師に「みんなにいつからここでお産ができるか聞かれるの。ここで出産できると家族や親せきも自宅からお見舞いに来やすいでしょ? 今は遠くまでお産に行かなきゃいけないから、家族も大変なのよ」と困ったように笑って言われます。「でももう少しで開始できるよ」と答えると、「そうなのよ、日赤からも協力してくれたのだから、あとは私たちが頑張らないとね」と彼女は答えてくれました。

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マヤ村RHUにようやく揃った資機材の点検中、診察室用ライトの試点灯をする渋谷保健要員

こうして、日本赤十字社、フィリピン赤十字社、そして地元行政の努力の甲斐あって、ようやく全ての必要な資機材がRHUに揃いました。台風ハイエンから約3年が経とうとしている、2016年8月でした。

これでお産も開始、と喜んだのもつかの間、分娩室のある病棟に窓の格子がついていないため、入院施設として安全管理要件を満たしていないと保健省から指摘され、その工事を大急ぎでしなければならず、それまでRHUでお産の取り扱いはできない、という通知がありました。ここまできて・・・と、赤十字のスタッフも、RHUのスタッフも、呆然とするばかりでした。

ようやく追加工事が終わり、安全管理検査に合格したときには、2016年も残り僅か、11月になっていました。

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乳幼児検診のため、あるBHSに来ていた赤ちゃんと渋谷保健要員

台風から3年もたってしまったけれど、地元の人びとの期待に応えることができなければ、緊急支援からつながってきた、たくさんの人の思いと努力も実になりません。

緊急から復興支援へ3年という長い時間を掛けて、住宅復興や学校の修復が終了した今、残るはRHUでのお産だけといってもよい状態になりました。お産が再開されれば、少なくとも施設面での人々の暮らしは台風前の状態に戻り、もっと住みよく感じられるはずです。

今月2017年1月、ようやくマヤ村RHUでのお産の取り扱いが再開されます。

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