「核兵器禁止条約」、いよいよ発効。国連を動かした世界の赤十字運動《日赤 大塚義治社長からのメッセージ》

2017年7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約。その発効には50カ国以上の批准*が必要でした。 10月25日、ついに50カ国目となるホンジュラスが条約を批准し、来年1月に発効することになりました。 * 条約参加にかかる各国国会での承認手続き

読者の皆さんの中には、災害救護、医療事業、血液事業などで知られる日本赤十字社が核兵器問題にどう関わっているのか、と疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。実は日赤は広島・長崎への原爆投下以降一貫して核兵器の廃絶を訴えてきました。
 1945年8月6日。広島に投下された原爆の爆心地から1.5kmほどに位置する広島の赤十字病院は、壊滅的な被害を受けたものの奇跡的に建物の外郭だけを残し、白地に赤十字の旗を掲げて、無数の被爆者を収容し、看護にあたりました。また長崎でも同じように赤十字の救護班が被爆地に駆け付け、被爆者の救護活動に従事しました。日赤と核兵器の関係はまさにこの瞬間にさかのぼることができます。
 核兵器の被害に遭ったのは日本だけではありません。ヒロシマ・ナガサキの後も2000回以上の核実験が行われ、実験場とされた国々の人々が被ばくしたほか、日本においては1954年、マグロ漁船の第5福竜丸が被ばくし、大きな社会問題となりました。当時の島津忠承日赤社長は手記の中に次のように記しています。「私の頭の中には、他のすべての国が核兵器の恐怖を叫ぶことに、ためらいを感じたり、あきたり、反対したりしたとしても、日本だけは、それを叫び続けなければならないし、日本だけがそれを叫ぶ権利がある、という思いが、いつもあった。」(島津忠承著『人道の旗のもとに~日赤とともに三十五年~』講談社、昭和40年)
 こうした思いは日本のみならず世界の赤十字運動においても脈々と受け継がれてきました。2011年の赤十字の国際会議で採択された決議「核兵器廃絶に向けての歩み」では、(1)現代の核兵器が使用された場合、その犠牲者、被害に人道的に対応することは不可能であること、(2)核兵器の使用が国際人道法の定める理念と両立しないことという2つの理由から、核兵器の廃絶を訴えました。この決議の採択に至った背景には、当時、国際赤十字・赤新月社連盟の会長でもあった近衞忠煇社長(現・日赤名誉社長)の強いリーダーシップもありました。決議のメッセージはヒロシマ・ナガサキの被爆の経験が連綿と受け継がれてきた証しであるとも言えます。
 核兵器禁止条約の前文では、これまでの核兵器廃絶をめぐる議論の率先について赤十字の貢献が確認されました。しかし、条約の発効自体はゴールではありません。核兵器の廃絶に向けた国際的な議論の率先も重要ですが、同時に、ヒロシマ・ナガサキの経験を着実に受け止め、次世代に継承していく地道な活動も引き続き求められています。その点において、日赤がなしうるユニークな貢献があると考えています。

この記事は赤十字NEWS 2020年12月号の掲載内容をオンライン用に編集したものです。
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