Vol.9 社史稿~日本赤十字社の記録

書籍

写真左から
『日本赤十字社史稿』(明治10年~明治40年)、『日本赤十字社史続稿上・下巻』(明治41年~大正11年)*、『日本赤十字社社史稿』**第4巻(大正12年~昭和10年)、第5巻(昭和11年~昭和20年)、第6巻(昭和21年~昭和30年)、第7巻(昭和31年~昭和40年)、第8巻(昭和41年~昭和50年)、第9巻(昭和51年~昭和60年)、第10巻(昭和61年~平成7年)、第11巻(平成8年~平成17年)

"社史稿"とは、「社史を作るためのもとになる原稿」という意味です。初巻の『日本赤十字社史稿』は、当時の松方正義第2代社長の「緒言」(巻頭言)の日付から「明治44年12月」(1911年)頃に発行されたと考えられています。

博愛社の誕生から明治40(1907)年までを記録した初巻のページを開くと、「博愛社ノ創立」、「日本赤十字社ノ成立及発達」、「明治十年西南戦役ニ於ケル救護」(西南戦争)、「明治二十七八年戦役ニ於ケル救護」(日清戦争)、「明治三十七八年戦役ニ於ケル救護」(日露戦争)などの項目が並んでいます。

「博愛社ノ創立」の項では、慶応3(1867)年のパリ万博で初めて赤十字の存在を知った佐野常民が、明治6(1873)年のウィーン万博でその発展に刺激を受け、明治10(1877)年の西南戦争の際に大給恒(おぎゅうゆずる)とともに博愛社の設立に奔走する様子が描かれています。

博愛社から日本赤十字社に改称して初めて正式参加した「第4回万国赤十字総会」(第4回赤十字国際会議:1887年にドイツで開催)の記録も同巻に残されています。

「欧州以外ノ交戦ニ際シテ救護ヲ加フヘキヤノ問題」(ヨーロッパ以外での戦争の際に救護活動を行うべきかどうかという議案)の提案について、「そもそもジュネーブ条約は人類が互いに相憐れむという気持ちから発したもので・・・(中略)そこに地理学的境界を定めるということならば日本は退席する」という発言を日本代表の石黒忠悳(ただのり)(後の第4代社長)が行ったことから、議題は撤回されたと記されています。

『日本赤十字社史続稿上・下巻』で、明治41(1908)年から大正11(1922)年まで、第一次世界大戦救護やポーランド孤児救護などが記録されています。次巻から『日本赤十字社社史稿第○巻』と表記されるようになり、第4巻は大正12(1923)年から昭和10(1935)年まで、第5巻[昭和11(1936)年~20(1945)年]以降は、10年間ずつに区切って編纂されるようになりました。 そしてこのほど、平成8(1996)年~17(2005)年をまとめた第11巻(詳細はこちら)を発行しました。

*『日本赤十字社史稿』、『日本赤十字社史続稿上・下巻』は、第1-3巻にあたる。
** 第4巻以降の書名は『日本赤十字社社史稿』。