Vol.6 佐野常民と赤十字

ジュネーブ(赤十字)条約成立75年記念切手

ジュネーブ(赤十字)条約成立75年記念切手(日本:1939年)

日本赤十字社の創立者・佐野常民は、1822(文政5)年12月28日、佐賀藩(現在の佐賀県)に生まれました。

1877(明治10)年、多くの負傷者を出した西南戦争をきっかけに、大給恒らと共に欧州で活動する赤十字と同じような救護組織を国内に設立することに奔走しました。そして日本赤十字社の前身である博愛社では、副総長に就任し、1887(明治20)年、社名を日本赤十字社に改称した際、初代社長に就きました。

災害救護、戦時救護活動をはじめ、救護看護婦の養成、全国への社員の増強など社業の発展に尽くし、1902(明治35)年12月7日、79歳で永眠しました。

パリ万国博覧会ガイドブック

L'Exposition universelle de 1867 : illustrée, Vol.1. Administration, 1867.(パリ万国博覧会ガイドブック)

佐野常民と赤十字との出会いは、1867(慶応3)年、佐賀藩から派遣されたパリ万国博覧会で赤十字の展示館を見学したときでした。その後1873(明治6)年、政府から派遣された1873(明治6)年のウィーン万国博覧会で、さらに発展した赤十字の活動を知り、国際条約(ジュネーブ条約)に基づき「敵味方の区別なく救護する」という考えに深く共感しました。

佐野常民の演説草稿

1882(明治15)年6月に開催された博愛社社員総会での佐野常民の演説草稿。笠原光雄(のちの本社理事)筆記。

1882(明治15)年6月に開かれた博愛社社員総会で演説をした佐野常民は、万国博覧会で赤十字を見聞したこと、国内で文明開化が進んでいることに触れ、「文明開化といえば人は皆、直ちに法律の完備や器械の精良によってその証とするが、私はこの(博愛社)ような考えと活動が盛んになることでその証とする」と述べています。