Vol.14 戦前の赤十字デー

戦前の赤十字デー

日本政府がジュネーブ条約加入を公布した1886(明治19)年11月15日を記念して、1933(昭和8)年から毎年11月15日より3日間を「赤十字デー」とし、社旨の普及と社員の増加を図ることとしました。

この赤十字デーは、1948(昭和23)年の第17回赤十字国際会議で、赤十字の創始者アンリー・デュナンの誕生日である5月8日を「世界赤十字デー」とする決議がされるまで続きました。

赤十字デーポスター

赤十字デーポスター

博愛社は1877(明治10)年の創設以来活動を続けてきたものの、未だ世界の赤十字の仲間入りを果たしていませんでした。そのためには、日本政府がジュネーブ条約(赤十字条約)に加入する必要がありました。

そこで条約に加入する方法を調査するため、1883(明治16)年、ベルリンの衛生博覧会に派遣された柴田承桂に外国の赤十字についての調査を、さらに1884(明治17)年にはヨーロッパ視察に向かう大山巌陸軍卿と橋本綱常軍医総監にジュネーブ条約加入手続きなどについての調査を依頼しました。この調査に熱心に協力してくれたのが幕末の西洋医学の恩人フィリップ・フォン・シーボルトの子息であったシーボルト兄弟でした。

ジュネーブ条約加入の建議書草稿

赤十字(ジュネーブ)条約加入の政府への建議書草稿

シーボルト兄弟や柴田らの資料に基づき、1884(明治17)年12月、ジュネーブ条約加入の建議書を政府に提出しましたが、政府も大山や橋本の主張を受けて条約への加入の必要性を理解するようになりました。こうして1886(明治19)年6月5日、政府はジュネーブ条約に加入し、11月15日、号外勅令により加入を公布しました。

これを受けて、博愛社は1887(明治20)年5月20日、社名を「日本赤十字社」と改名し、同年9月2日、赤十字国際委員会から国際赤十字の一員として正式に承認されました。