Vol.10 ポーランド孤児救済

日本の収容施設で食事する孤児たち

日本の収容施設で食事する孤児たち

ロシア革命後の内戦に巻き込まれたシベリア在住のポーランド人は、飢えと寒さ、疫病などで過酷な生活を送っていました。男性は義勇軍として戦場に駆り出され、女性も子どもを残し死んでいく者が多く、後には多くの孤児たちが残されました。

これらシベリアのポーランド孤児のうち、1歳から16歳までの765人が、1920年(大正9年)から1922年(大正11年)にかけて2回にわたり、日本赤十字社の援助により日本経由で故国の土を踏みました。これは日本赤十字社の最初の外国人難民支援活動でした。

施設に収容された孤児たち(大阪)

施設に収容された孤児たち(大阪)

第1回目の孤児たちは1920年7月に来日し、約1年間の日本滞在の後横浜から米国経由で、2回目の孤児たちは大阪で生活し神戸から欧州航路で、それぞれポーランドに帰国しました。