ホームページ > 国際活動TOP > ニュース一覧 > ミャンマーサイクロン 発災から2年
ニュース
ミャンマーサイクロン復興支援:発災から2年
10/05/11
死者行方不明者13万人以上、被災者240万人と猛威を振るったサイクロン・ナルギスの発災から2年が経ちました。被害の最も大きかったエヤワディ管区内では、町の中心部に新しい建物が並び、市場は活気に溢れています。サイクロン直後は、瓦礫や死体で覆われていたピャッポン川(チャイラット)では、多くの船が行き交い、発災当時の面影は無くなりつつあります。しかし、被災地は完全に立ち直った訳ではありません。特に町から遠く離れた村々では、仮設住居に暮らす人々やテントの仮校舎で授業を受ける生徒らが今も大勢います。赤十字は、エヤワディ管区とヤンゴン管区内の13地区、10万世帯に対し、生計再建、保健衛生、シェルター建設、学校再建、防災対策、人材育成の分野を中心に、復興のための支援を現在も行っています。今回は日赤が支援する学校再建事業の進捗に加え、2年経った現地の様子とミャンマー赤十字社の活動状況を天田裕子ミャンマー駐在員を通じてお伝えします。
■ 学校再建
ミャンマー赤十字社が取り組んでいる85校の再建のうち、日赤は60校の再建を支援しています。現在、40度を超す猛暑日が続くミャンマーでは、学校は夏休みに入っていますが、建設は、6月の新学期に向け急ピッチで進んでおり、4月末までに22校が完成しました。日赤が再建を支援するエヤワディ管区1県6地区の中で、建設開始が最も遅かったモウラミヤインジュン地区やハイジ・ジュン地区でも、6月までに14校が新たに完成する見込みです。また、学校用の椅子や机等も5月中に整備が完了する予定です。校舎は防風に優れ、洪水にも対応できるよう防災機能を高めた造りで、6月~10月の雨季の間も、安心して授業を行える環境が整います。【写真】完成した校舎(エヤワディ管区ラプタ県) (C)ミャンマー赤十字社
■ フィールドからの報告
国際赤十字による支援のもと、ミャンマー赤十字社が実施している活動を通じて支援した人々の生活の様子を、9つの拠点事務所の広報官が取材し、報告書にまとめています。今回は3つの拠点事務所からの報告をご紹介します。
◆シェルター事業:モウビン拠点事務所
~ナン・ナイ・ザー・トゥン広報官からの報告~
コー・チャウ・ウィン・ナインさん(31歳、臨時労働者)にとって、悪夢のような毎日は、過去のものになった。ミャンマー赤十字社の支援と指導のもと、村の復興委員会メンバーの力を借りて、念願の住宅を建てることが出来たからだ。被災後、崩壊した家の残骸を集めて小屋を作り、身重の妻と4人の子供と一緒に暮らしていたナインさんは、「雨が降れば全員びしょ濡れになり、子供が泣き続けるみじめな生活でした」と語り、「この家は、どんなに雨が降っても家族を守ってくれます。自力では建てることが出来なかったでしょう」と話した。
※ミャンマー赤十字社は、3月末迄に8,000世帯に対し住宅再建支援を実施しました。昨年、モウビン拠点事務所では、シェルター事業の第1フェーズとして、地区内416世帯に対する住宅再建を支援しました。
【写真】ナインさん宅の様子 (左上)被災直後、(右上)再建後、(左下)フェンスを設置
(C)ミャンマー赤十字社
◆防災対策事業:チャイラット拠点事務所
~イン・イン・ミン広報官からの報告~
コー・キン・モウ・ウーさん(29歳、ワー・カウ村代表)は、先のサイクロンを経験し、自身の無力さと村の防災対策強化の必要性を痛感した。2003年にファースト・エイド基礎研修を受講し、赤十字ボランティアになったにも関わらず、その後あまり活動に参加してこなかったことも後悔した。サイクロンは330軒の家屋をなぎ倒し、倒壊を免れたのはわずか10軒。幸いにも死者はいなかったが、けが人は多数にのぼった。この村に医療施設はない。昨年、サイクロン復興支援事業の一環としてミャンマー赤十字社が実施した5日間の防災対策研修に参加したモウ・ウーさんは、「緊急時にも対応出来る自信がついた」と胸を張った。現在は、同じ研修に参加し赤十字ボランティアとなった29名の村民と共に、情報収集、救援・捜査、住民避難、救援物資の配布、食糧・安全な水の確保、復興を担当する6つのグループを編成し、災害時に備えている。
※ミャンマー赤十字社は、3月末迄に72の村に対し、コミュニティ防災研修を実施しました。
【写真】日赤は、ミャンマー赤十字社のファースト・エイド事業を長期的に支援しています。写真は日赤職員がボランティアを指導している様子。(c)ミャンマー赤十字社
◆こころのケア
:モウラミヤインジュン拠点事務所
~メイ・ミャ・スゥエ広報官からの報告~
サイクロンがター・ピャイ・チャウ村を襲った時、ティン・ウィン・ゾウさん(20歳)の家は倒壊し、家族ともども高潮に押し流されたが、流木につかまり、なんとか一命を取り留めた。サイクロン発生から2日後、同じように助かった妹(タン・タン・マーさん、15歳)と一緒に村へ戻ると、弟(イー・ミン・トゥンさん、17歳)が待っていた。しかし、両親と末の弟が戻って来ることはなかった。
3兄妹の悲しみに寄り添ってきた拠点事務所の保健チームは、「多くの被災者は、家族を救えず彼らだけが助かったことに自責の念を抱いています」と言う。ティンさんも家族の遺体を見つけることが出来なかったことに責任を感じていた。保健チームは、失った家族の冥福を祈り、新たな生活を大切にするようにとカウンセリングを続けてきた。ティンさんも「今でも辛い毎日ですが、それでも何とか普通の生活を送れるようになりました」と感謝している。
家を失った3兄妹は、今も穀物用の倉庫で暮らしている。ティンさんは弟と一緒に、毎朝5時に起き、亡き父から譲り受けた20エーカーの水田を耕す。しかし、近所の人たちの助けを借りても海水の被害を受けた水田では、未だに米を収穫できず、食糧や衣料は親戚に頼らざるを得ない。妹は、2人の兄の苦労が報われていないと感じている。弟妹のために生きると決めたティンさんの将来の希望は、「種子・肥料の配布(ミャンマー赤十字社が実施する生活再建事業の一環)を受けて、少しでも良い生活環境を整えてあげること」である。
※ミャンマー赤十字社は、これまで1万世帯の村民と465校の児童・生徒を対象に、約100回のこころのケアの活動を実施しました。また、保健担当者や赤十字ボランティアに対する強化研修も行いました。
【写真】左から妹、弟、ティンさん (C)ミャンマー赤十字社
■ 復興支援事業の今後
復興支援事業は2008年5月から2011年5月までの3年間の計画で進められており、現在各分野とも第2、第3フェーズを迎えています。今回取り上げた3つの例のように、被災者は様々な困難や悲しみを抱えながらも、改善のために自らも行動し、また国際赤十字の支援に対して大変に感謝しています。本事業はこういったコミュニティの参加を引き続き重視し、国際赤十字の協力体制をさらに強化して2011年の終了、被災地の復興を目指しています。
日本赤十字社 ミャンマー駐在員 天田裕子