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スマトラ沖地震・津波復興支援4周年を迎えて:その2~災害を乗り越えて、生きる力を~
08/12/25
22万人以上の死者・行方不明者をもたらしたスマトラ沖地震・津波災害から明日で4年。日本赤十字社は皆様からお寄せいただいた救援金で、インドネシアに加えてスリランカでも、幅広い分野で復興支援を今も続けています。
地震発生から2時間半後にスリランカを襲った津波で、北東部のトリンコマレー県では死者967人、住宅被害8665戸などの大きな被害を受けました。スリランカでは政府軍と敵対する武装勢力LTTE(タミール・イーラム解放の虎)との間で紛争が長年続いており、なかでもトリンコマレー県は最も武力衝突の激しい地域の一つです。日赤はここで住宅再建を行うとともに、現在では生計支援やコミュニティー内の融和等に取り組んでいます。さらに、紛争の影響で十分な医療サービスを受けることができず、視力障害を抱える住民も多かったことから、スリランカ赤十字社と協力して、白内障の手術やメガネの配付などの視力回復・矯正支援を行っています。
トリンコマレー県のプリンヤンシさん一家(写真)は、4年前の津波で家だけでなく漁船や魚網など全ての財産を失ってしまいましたが、その後赤十字から様々な支援を受けながら、被災による過酷な生活を家族一丸で乗り越えて、ようやく以前の生活を取り戻しつつあります。昨年6月、日赤の支援による住宅が建設され、プリンヤンシさん一家も復興住宅へ入居することができました。さらに日赤の支援で白内障の手術を受けて視力を回復することができました。
プリンヤンシさんのお父さん(写真右端)は、同県沿岸部に暮らし、漁師の仕事で生計を立てていましたが、しばらくして白内障で目が見えなくなってしまいました。漁業をやめざるを得ず、収入が途絶えてしまったため、2万ルピー(約2万円)の手術代を支払うこともできません。プリンヤンシさんに限らず、この地域の人々にとって、200キロも離れた他県の病院まで出向いて手術を受けるのは大変なことでした。手術を諦めていたところ、今回、日赤の支援プログラムによる白内障手術を受けることができました。
「目が見えなくなってしまってからは、仕事を辞めるしかなかった。日常生活もお風呂に入るときなど、家族に本当に迷惑をかけることになってしまった。しかし、今は家族の手伝いを借りずに生活ができるようになりました」とプリンヤンシさんのお父さんは笑顔で語ります。昔のように再び仕事をバリバリできることに期待で胸を膨らませています。
プリンヤンシさん自身(写真右から2番目)も日赤の支援で左目の白内障の手術を受けることができました。被災直後の体験を振り返り「津波災害では何もかも失ってしまいました。そのときに私たちを支援してくれたのが赤十字のみなさんでした。さらに、不幸がつづき私や両親の目も見えなくなり途方にくれていました。その時、日赤のおかげですばらしい住宅も建てていただき、さらに私の左目と両親の目も、日赤の支援による手術のおかげで見えるようになりました。そして今は、仕事も少しずつはじめることができるようになりました。本当に、本当に日本のたくさんの方々のおかげです」と涙ながらに語りました。
日赤のスタッフは、現在も住民を訪問して、その後の経過や生活状況の調査などケアに努めており、今後は住民自身が生計を維持できるよう、生活支援のプログラムを実施する予定です。
日本赤十字社は地元スリランカ赤十字社とともに、緊急救援終了後も中長期的な視点で被災者に対して様々な形で支援を行っています。特に現在も紛争の続くスリランカでは、津波の被災者に止まらず、紛争の影響を受けて保健医療のサービスを十分受けることのできない人々なども対象に、人種や宗教を超えて公平に支援を届けるよう努めています。