阪神・淡路大震災から20年 日赤からのメッセージ

1995(平成7)年1月17日、テレビに映し出された神戸の街の姿はいまだに脳裏に焼き付いています。兵庫県内を中心に、死者・行方不明者が6000人を超え、家屋の全・半壊約24万棟と当時戦後最悪の被害となった阪神・淡路大震災から20年が経ちました。 この間、多くの方の不断のご努力で神戸の街並みは震災前の姿を取り戻しましたが、今も心に痛みを抱えている方もいらっしゃいます。

阪神・淡路大震災を契機に災害時のさまざまな活動が大きく変わりました。

当時、赤十字を含む多くの医療救護班が神戸をめざし、負傷された方の救護にあたりました。しかし、まだ救える命があったのではないかとの反省から、災害時の救命救急に特化したDMAT(災害派遣医療チーム)が整備され、その後の新潟中越沖地震、東日本大震災でも迅速な活動により多くの生命を救うことができました。

災害時に各地でボランティアが活躍するようになったのも、阪神・淡路大震災が契機となりました。コミュニティーの重要性が再認識され、被災された方々の「こころのケア」が注目されたのも阪神・淡路大震災でした。

このように、阪神・淡路大震災は市民生活はもとより、災害時に活動する私たちにも大きな教訓を与え、自らの活動を見直す機会となりました。

日本赤十字社は医療救護班の派遣のほか、救援物資をお届けし避難所での生活をお支えしました。また、全国から1780億円もの義援金が寄せられ、兵庫県の義援金配分委員会を通じて被災された方へお届けしました。

私たちは、「復旧・復興」、地域コミュニティーの自助・共助を高めるための「防災・減災」にも力を注ぎ入れ、「災害からいのちを守る日本赤十字社」を確立してまいります。