帰還への道のり~浪江町民健康調査

日本赤十字社は福島県いわき市で、福島第一原子力発電所の事故によって避難している浪江町民の健康調査と健康支援活動を続けています。

福井赤十字病院(福井県福井市)の福田清美看護係長が20161121日~1222日、活動に取り組みました。以下は福田清美看護係長から寄せられた活動報告です。

この生活に慣れていきたい

この事業に当病院からは5人目の参加であり、これまでに派遣後の報告は聞いていた。今回このいわき市で生活する浪江町民の健康調査事業に派遣として32日間参加し、訪問や電話調査に応じてくださった人々の語りから健康や生活状況をより深く知ることが出来た。

まず、私自身この1122日早朝震度5弱の余震の体験はかなり驚き、しばらく浮遊感を感じていた。しかし町の人々は「震災にくらべれば子供もみたいなものだった」「揺れたが大丈夫だった」「避難準備をして車で避難したが渋滞で動けなかった」と反応は様々であったが常に余震に備えていかなければならない現実を実感した。

震災で家族は別々に避難し、妻は高齢の実母と一緒に他県へ、夫は仮設住宅での生活となった。その後妻は避難先で母を見取り夫と一緒に住みだした60代後半の夫婦に出会った。息子からは「浪江には帰れないよ」と念を押されたが「福島に帰りたかったから」といわき市に新居を構えたと話された。夫婦別居の期間は5年間あり、お互いに生活スタイルが出来ていため一緒に生活をしてみると意見が合わないことがあり口喧嘩になると話された。別々に生活していた夫婦が5年ぶりに一緒に暮らし始め日常生活は落ち着いたのかと思われたが、5年間という歳月は新たな問題を引き起こす。その後妻は色々語られたが最後に「この生活に慣れていきたい」と前向きな言葉を聞くことができ、問題を解決するよう努力している姿をみることができた。

帰還可能となっても抱える様々な問題

震災から6年後のH29311日に避難指示が解除され、生活環境が整った地域への帰還が可能となるが、いわき市内で生活する町民からは「帰りたいが今のままでは帰れない」「色々考えて浪江の家は解体することにした」「一部は改修して寝泊りぐらいは出来るようにしたい。でも住むことはできない」「今後どうなるか様子をみていかないとわからない」「草刈や掃除には帰っている。花を植えたが動物に荒らされ私と動物との根比べだ」と語っていた。震災前と同水準の行政サービスや生活様式が確立できるまでに時間がかかるため希望する町民の帰還にも時間がかかる。また除染にどれくらいかかるのかなど課題は多く、今後行政・町・町民が協働して復興に向けてかかわっていくことが大切であると感じた。

新しい地域で住民と関わることの難しさ、避難してきたことで他人の目が気になると話されていた。一方では周りの人達に感謝の言葉を言われる人もいた。転居後の地域に溶け込んでいくには個人差があるが何らかの問題が生じたときに支援が受けられるようしていくことが大切である。仮設住宅では趣味やイベントの参加で浪江町民と関わりを持てていたが、転居したことでコミュニティへ参加が難しくなり、家で過ごす事が多くなっている。また町民の高齢化もすすみ、なんらかの社会的サポートが必要となってきている。地域コミュニティへ参加することや、行政のサービスや支援がうけられるような環境を整え、情報を提供することが必要だと感じた。

福井県も原発をもっており震災時の語り、故郷に帰れない気持ちを聞き原発について深く考えさせられた。原発は人々の生活を支えている面もあるが今回の災害のように生活の拠点を奪われることにもなる。災害時にどう行動できるのか課題は多く知識を深め今後の支援や備えに活かしていきたい。

訪問の度に「遠くから派遣されてきて大変ですね」と労いの言葉や「また話を聞きに来てください。待っています。」と声をかけられ、この事業を長期間継続してきたから出る言葉だと感じた。浪江町の復興にはまだまだ時間がかかり目標が明確でないため町民の思いも様々であるが、1日も早く日常生活を取り戻して欲しい。今回事業を通して感じたこと、浪江町いわき市の現状を伝えていきたいと思います。本当に有難うございました。

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高齢の夫婦。夫が病気で入院しており、今後の病気の事、浪江町のこと、今後の住居のことを話された。親戚に迎えに来てもらい夫の面会に1回/2日行き、夫のことで頭が一杯の様子。サポートしてくれる親戚はいるが、あまり迷惑はかけたくないと思っている。今後一人になった時に生きる意欲がなくなるのではないかと心配になった。次回の浪江町健康支援者会議で情報提供する予定。

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デイサービスで転倒予防の運動をしている。転倒しないように注意して散歩をしていると話されていた。

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場を営んでいたため、山の中に転居した高齢夫婦。息子夫婦と同居はしているが、隣近所がなく外出するのにも車の運転は止められており不便だと言われていた。仮設では知人と交流していたが、この場所では難しい。町の人と交流をしたいと強く希望されていた。現在は週1回デイサービスに通っていると話されていた。