「家に帰れない」つらさを伝えたい~浪江町民健康調査

日本赤十字社(以下、日赤)は福島県いわき市で、福島第一原子力発電所の事故によって避難している浪江町民の健康調査支援事業を続けています。福岡赤十字病院(福岡県福岡市)の河野万美看護師が6月9日~7月4日、調査活動に取り組みました。河野看護師は浪江町民がどのような思いで避難生活を送っているのかを自分の目と耳で確かめたいと、自ら志願して福島を訪れました。

家は思い出が詰まった場所

浪江町民の家庭を訪問して血圧を測定する河野看護師(写真左)

健康調査は町民のお宅を訪問し、ゆっくりと話を聞かせていただく方法で行っています。

「初めて会う町民の皆さんに警戒されることもなく話ができるのは、日赤が長く健康調査を続けていることや、広報活動によってその実績が少しずつ周知されているため」だと実感したという河野看護師。

津波で家を流されてしまった人、家は残っているものの原発事故の影響で戻れない人など町民の置かれた立場はさまざまですが、『家を失うこと』『家に帰れないこと』のつらさをあらためて考えさせられたと河野看護師は語ります。

「家は人生で一番大きな買い物であり、家族との思い出がいっぱい詰まった場所。さまざまな避難場所を経て、ようやく今の場所で落ち着いているように見えますが、『浪江に帰りたい』『いわき市に家を建てました。でも浪江に家が残っているので、本当の家ではないんです』といった言葉を聞くと、現在の生活は仮のものと考える町民の深い思いを感じました」

避難生活は終わっていない

河野看護師は福岡赤十字病院の透析室に勤務しています。腎臓のことを知ってほしいと、健康サロンでは暑さに対する脱水予防について説明。併せて家庭でもできる健康体操(ながら体操)にも取り組みました

河野看護師は、ある町民の言葉が忘れられないと言います。

「阪神・淡路大震災の時、自分は対岸の火事のように思っていました。だから今、ほかの地域の方にしたら、(浪江町を見る目は)当時の自分と同じでしょう」

1カ月の健康調査活動を終えて、河野看護師は決意を胸に刻みます。

「被災地の皆さんの苦しみは、ほかの地域の方にとっては分かりにくいことかもしれません。自分もここに来ることがなければ、浪江町のことはどこか遠い話だったかもしれません。福岡に戻ったら、避難生活は決して終わっているわけではないことを、みんなに伝えたい」

東日本大震災から3年余。日赤はこれからも、浪江町の皆さんに対する健康調査や健康支援活動などに取り組んでいきます。