二巡目を迎えました~浪江町民健康調査

日本赤十字社(以下、日赤)は福島県いわき市で、福島第一原子力発電所の事故によって避難している浪江町民の健康調査活動を続けています。大分赤十字病院(大分県大分市)の西田尚平看護師が5月12日~6月6日、活動に取り組みました。同看護師は東日本大震災の発生から3カ月後に、救護班の一員として宮城県石巻市で活動した経験があります。

避難生活3年、落ち着きを取り戻す町民

町民の家庭を訪問して血圧測定をする西田看護師(写真右)

西田看護師は今回、二度目の調査となるお宅を対象に健康調査を行いました。

前回の調査では精神的なストレスなどのために不眠を訴える方が多くいましたが、今回は「今は大丈夫」「たまに精神安定剤を飲むぐらい」という回答に変わった方も。

震災から3年が経過して、少しずつ落ち着きを取り戻している様子がうかがえました。

長い避難生活を強いられている浪江町民。「いわき市でこのまま新たな生活基盤を再構築していく」という方や、「何年かかっても浪江町に絶対帰りたい」という方など、生活と故郷をめぐる思いはさまざまです。

家族がなく、孤立が心配される人も

「手作りサロン」で防災ずきん作りに挑戦。「うまくできました」と笑顔です。後列右側が西田看護師

若い世代にはいわき市内で新たなコミュニティーをつくって生活している人が多いのですが、高齢者の中にはなかなか環境に慣れることができず、一日中家に閉じこもっているという人も。

そういう方にこそ、日赤なみえ保健室のサロン活動に参加してほしいところですが、「交通手段がない」という理由で来ることができない方もいます。

家族の車に乗せてもらってサロンに来るという人が多い中、西田看護師は「近くに家族がいない人が徐々に孤立していくように感じられて、とても心配。家族の存在はとても大事です」と語ります。

東日本大震災から3年。日赤はこれからも、浪江町民に対する健康調査や健康支援などのさまざま活動に取り組んでいきます。